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『工藝』百十三号 1943年 日本民藝協會

やはりまずこの美しい冊子本から紹介したいと思います。わたしたち Gato Azul が手仕事と民衆工藝の世界につつましく向き合うときのバイブルとなる書物の筆頭が、柳宗悦の『芭蕉布物語』(1943)です。柳はこの本のよく知られた冒頭で芭蕉布のことを「今時こんな美しい布はめったにないのです」と書きはじめていますが、わたしなら「今時こんな美しい本はめったにないのです」と返したいほど、この本の姿とかたち、そしてそのなかで語られることばと思想の謙虚さと美しさに惹かれます。

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本書はもともと、「後書」にあるように「昭和十七年八月二五日 日光中禅寺湖畔」にて擱筆され、翌十八年(一九四三年)三月に私版本として225部が印刷・出版されています。戦時下で、書物用の資材は乏しかったはずですが、柳は「正しい造本の道を踏みたい」という意思をつらぬき、武州小川の手漉き和紙を本文に、陸前柳生の和紙に加藤繁男による朱染加工をほどこした美しい装幀により、心を込めてこの本を送りだしています。そしておなじ年の七月、民藝運動の機関誌である『工藝』の百十三号(沖縄の織物特集号)に「芭蕉布物語」は全文転載されて公刊され、広い読者の目にようやく触れることになったのです。とはいえ、この冊子の発行部数もまた限定一千部を数えるのみでした。

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戦時下の窮屈な時代にあっても「できるだけ格の正しい出版をしたい」という柳にとって、この一号は満足のいくものであったようです。文章は柳が書いた「沖縄の手巾」と「芭蕉布物語」の二篇。巻頭に沖縄の「ていさあじ」(手拭い)の絵柄十種(うち四種はカラー)の図版がていねいに貼り込まれています。表紙には越中八尾の和紙が使われ、それに信州松本に生まれた優れた染色家・三代澤本壽(みよさわ もとじゅ)による型染の装幀がほどこされています。本文の余白には民藝運動の中心の一人である芹澤C介による小間絵(挿画)がふんだんに描かれていて、これもまた簡素な美しさです。「芭蕉布物語」という美しいテクストが、このような美しい冊子において実現していることが、理にかなっていると心から思われてくるのです。

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柳がここで「美しい」としているのは、かならずしも織物として完成した芭蕉布そのものの簡素で繊細な美しさのことだけではありません。むしろ美しいのは、産地である沖縄の大宜味村喜如嘉(きじょか)の村の人々の、美しいものを創る創り手の日々の生活のいとなみみと心持ちの美しさ、芭蕉糸にはじまる素材とのかかわり方、そして絣模様を織りだす「手結」(てぃゆい)に極まる独特の技法の巧まざるおおらかさと即興の美しさのことなのです。この「美しい」は、だから「あたりまえ」とか「まっとう」とか言い換えることもできるような謙虚で飾らない、生きることそのもののなかから滲みだすつつましい美徳のことです。

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この本は、多くの人に影響を与え、生きかた、はたらきかたを示唆する指針となりました。とりわけ、戦後まさに喜如嘉での芭蕉布の伝統を復興させた平良敏子さんのしごとの重みと輝きは、柳の書物がものづくりの現場に与えた唯一無二の事例でしょう。わたしたちも喜如嘉のイトバショウの畑を訪ね、その鮮やかな緑の陰翳のなかで、あらためてこの本の現代的な価値に思いを馳せてきました。

大宜味村喜如嘉の糸芭蕉の畑(2021年9月)        芭蕉布の絣柄「トゥイグヮー」

*『芭蕉布物語』はのちに『新装 柳宗悦全集5 沖縄の人文』(春秋社、1972)および『柳宗悦全集 第15巻:沖縄の傳統』(筑摩書房、1981)に収録され、単行本としては、『芭蕉布物語』として松井健による詳細な解題付きの新版が榕樹書林より2016年に刊行されています。