Home > Travelogue >Marusan-Hashimoto






    
Ryuta Imafuku
滋賀県の湖北地方。この、山と湖に囲まれた陰影深い土地にひっそりと静まるように、小さな町や村が素朴な日々の営みをつづけています。そんな町の一つ、木之本町。商店ひとつなく、古い洋館造りの図書館がポツンと建つ淋しい駅前の一角に、「丸三ハシモト株式会社」の工場がありました。

               *

ここで、日本でもほとんど唯一といってもいい、さまざまな和楽器の絃が手作業で製作されています。数少なくなった国産生糸。けれど賤ケ岳の麓にある木之本町の大音地区では、貴重な蚕の繭を近隣の養蚕農家から仕入れ、賤ケ岳の雪解け水を使い、座操りという昔ながらの手法によって糸を取る手技が細々と継承されています。その、桑の新芽を食べて育った蚕による春繭からできた生糸だけを用いて撚りあげた和楽器のための繊細な絃が、この工場でつくられているのです。

               *

工場訪問の前に大音地区に立ち寄りました。水田に囲まれた畦道のような道路を行くと、江戸期の近江源氏の山武士の家の佇まいを残す「主殿屋敷」(トノモヤシキ)があり、「糸とり資料保存館」として公開されていました。その薄暗い内部には昔ながらの木製の「座繰機」が展示され、繭を湯に浸けながら糸を木枠に巻き取ってゆく女性たちの姿が想像されます。川の伏流水が地上に現れた湧水(泉)が使われましたが、その水は鉄分を含まないため糸がとても白く仕上がるそうです。この集落で作られた生糸が丸三ハシモトの工場へと送られるのです。

                *

丸三ハシモトでは、琴、三味線、琵琶、胡弓など様々な邦楽器用の絃を扱っており、三味線ひとつとっても津軽三味線、沖縄の三線(蛇皮線)、奄美の大島三線など種類によって使う絃も違い、また民謡や長唄や義太夫など唄によっても絃の種類が違います。そのすべての使用用途にあわせて生産されている丸三ハシモトの「音」にたいする探求心は、特筆すべきものがあると思いました。今では、国産の絹糸で作られた美しいつややかな絃はとても貴重なものなので、見る機会も少ないのですが、アポイントなしで訪ねたこの日は午前中にNHKの取材がきていたということで、工場の1階では糸の乾燥や節取りのためにたくさんの絹糸絃がピンと15メートルに渡って張られた様子を拝見することができました。美しく壮観でした。この幸運に感謝!

丸三ハシモト www.marusan-hashimoto.com/index.php