管 啓次郎 コ ヨ ー テ・歩・き・読・み・ 
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コヨーテ歩き読み3
ケン・モチヅキ作+ドム・リー絵
『野球がぼくらを救った』
(Ken Mochizuki and Dom Lee, Baseball Saved Us, Lee & Low Books, 1993)

 

 一九四二年、アメリカ合衆国の西海岸に住んでいた日系アメリカ人たちに、突然の 非情な命令が下された。フランクリン・ローズヴェルトを大統領とする合衆国政府が 、戦略的危険地域である太平洋岸に住む、潜在的敵国人(とかれらが見なす)十一万 の日系人に、西部砂漠地帯十か所に点在するリロケーション・キャンプへの移住を命 じたのだ。寝耳に水だった。まったくの健全なアメリカ市民に対して、ただその祖先 の出身地のみを根拠として、連邦政府が身柄を束縛する。移民の国、自由の国アメリ カの建国の理念をみずから裏切る、あからさまに人種差別的な決定だった。

 その傷は、長く尾を引く。キャンプ生活を体験した二世たちは、大戦後、多く沈黙 を選んだ。過ぎたことをいっても仕方がないという諦めか。あまりの道理のなさに煮 えたぎる怒りのせいか。どんなに蹴られ裏切られてもここが自分の国でありここ以外 にはないという覚悟のためか。

 当時幼かった、あるいは戦後に生まれた三世たちは、あるどす黒い沈黙が家族の記 憶を支配していることを感じながら育った。しかしそれについて、話を切りだすこと ができない。あるいはたずねても、さらなる沈黙だけが返される。親たちの世代が集 合的にうけたこの傷を浮上させること、語ること、表現を与えることが、キャンプを 知らない子たちが「日系アメリカ人」として自分を再定義するための、困難だが欠か せない基礎作業となった。

 アイダホ州ミネドカのキャンプに収容されていた両親をもつケン・モチヅキは、キ ャンプに暮らすひとりの日系少年を主人公に、野球がもつ救済的な力に焦点をしぼっ て、小さな物語を書いた。移民の家系として着実な生活を営んできた家を追いたてら れ、むりやり移された、埃っぽく強い風の吹く土地で、地平線までつづく荒れ地を見 やりながら、父親がここに野球場を作ろう、という。キャンプ生活の無為に精神がひ び割れ憔悴してゆく人々は、力を合わせてその作業にとりくむ。男たちは地面を均し 、バットを削り、観客席を作り、女たちはユニフォームを縫い、布製のグラヴを工夫 する。もちろん子供たちも手伝う。そして野球というこのもっともアメリカ的なスポ ーツは、決まったグラウンドをもち誰にも平等に適用されるルールをもつことの明快 な公正さで、明るい闇としか呼べない青空のむこうにありうるかどうかもわからない 未来を見つめる少年を、深く癒すのだ。一度はキャンプで。もう一度は解放された後 の、戦後の「外」の世界で。

 この子供むけの絵本は、言葉少なく、それをしめすだけだ。しかし語られているこ とは大きく、重い。少年の、言葉にならない苦さと悲しみをつんざいて、ただバット の一振りだけがもたらす稲妻のような光を、韓国出身の画家ドム・リーの独特な絵が 深い味わいとともに捕らえている。

(1999.02.15)

 

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