管 啓次郎 コ ヨ ー テ・歩・き・読・み・ |
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堀田あきお&佳代『本多勝一のこんなものを食べてきた!』 (朝日新聞社、1999)
グルメでもグルマンでもないぼくは別にいつも食べ物のことばかり考えているわけ
ではないが、ソウルを欠いた情けなくまずい料理を食べるとむなしくなるし、何が入
っているかわからない気持ちの悪い工業食品を食べると道端の草を齧って吐きたくな
る。うまいもの新鮮な食物をきちんとした調理法でいただけば自然に合掌して天地の
恵みに感謝するし、せっかくの素材を台無しにしたりいかにももったいない扱いでつ
いには捨てたりすることになれば心は砂を噛む。何といっても、食事は睡眠や運動と
並んで、生活の一大事。それで食物や料理や食文化全般を論じた本は、割合よく読む
し、どれもおもしろく読むことが多いし、そこから得た知識を役立てたいと考えるこ
ともよくある。
昭和十年代の信州伊那谷の、小学校に通う一少年の日々の食生活を、その目も眩む
絢爛たる山野の幸の饗宴を、本多勝一の思い出話にもとづいて堀田夫妻が漫画化した
この本は、本当に貴重な宝石の輝きをもっている。その宝石はもちろんビー玉だが、
子供ごころにそれほど美しいものは他にありえない。ここに登場する食物は同様にど
れもウルトラがつくB級食物だが、そこには土地の恵みに直結した暮らしの、至高の
味わいがゆきわたっている。これを見ると、われわれ列島の土着民が、いったいどれ
だけのゆたかさをこの六、七十年のあいだに失ってしまったかが、よくわかり、断腸
の思いを誘う。
ツツジの花を食べるんだって? カエデの葉を食べるんだって? 意表をつく植物
食の多彩さにも感心するが、それらはたぶん伊那谷ならではといってもいい昆虫食の
誘惑には、かすまざるをえない。子供たちはゴトウムシ(カミキリの幼虫)を網で焼
いて食べる。ヒビと呼ばれる蚕のさなぎを甘辛くいりつけて食べる。ハチノコを生の
まま口に放りこめば、それはバターとハチミツが混ざった神の味だ。甲虫オトシブミ
の卵は、うまくもなんともないが、ただおもしろがって食べる。きわめつけはスガレ
追い(ジバチの巣狩り)によって収穫したハチの子ご飯。
あまりに過剰な人口を早晩もてあますにちがいない人類の食の将来は昆虫食と海藻
食にあるのではないかと、ぼくはひそかに思っているので(願わくはスウィフトが思
い描いたようなカニバリズムの惨劇にゆきつかないように)、こうした記述には特に
心を引かれずにはいられないのだ。
堀田あきおの絵が、おもしろく、楽しい。マンガという絵物語の直接的な力のこと
も、ここでも考えさせられる。狩猟採集経済の、せめてとば口までは、われわれは帰
ってゆこう。魚や鳥だけではなく、虫をとり草をつみ花を食べよう。そうすれば山も
谷も、川も平野も海も、どれほど美しくどれほど無限にゆたかなものかが、はっきり
わかってくるだろう。
(1999.06.16)
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