Yamashita's portrait For Ryuta Imafuku's Cafe Creole
Kの円還 カレン・テイ・ヤマシタ

contents
1.
腰が痛い
2. マル・ゴミ
3. 心にふれて、サークルK
4. サークルK レシピー集
5. サークルK ルール集 new !

Circle-K(英文)を読む

カレン・テイ・ヤマシタ (Karen Tei Yamashita)はカリフォルニア生まれの日系三世の小説家。人類学的調査に出かけたブラジルでのさまざまな体験をもとに、奇想天外な幻想小説『熱帯雨林の彼方へ』(白水社)や日系ブラジル移民の苦難の道筋をたどる歴史小説『ぶらじる丸』を発表。新作『オレンジ回帰線』は民族的ハイブリッドのロサンジェルスを描き尽くそうとする意欲作(Coffee House Press刊)。1997年3月より6カ月間、愛知県瀬戸市で家族とともに過ごした。




Yamashita's portrait 腰が痛い
管啓次郎訳

Photo:Ronaldo Lopez de Oliveira

 腰が痛い。昔からこれで悩んでいる。長年、電話の受話器を耳と肩のあいだにはさんだまま座りっぱなしでタイプを打つといった仕事をしてきたせいであり、そのうえ子供時代にわずらった脊椎側湾があり、まるで運動しないために余計ひどくなっているのだ。それにいまは、背もたれなしで長い時間床にすわるわけだから、いよいよ調子が悪くなるのかもしれない。畳の上に、毛布をかけるか足をこたつにつっこんで横になるといくらか楽になり、ついうとうとする。世界は眠る巨大な脊椎となり、私は夢を見ている。夢の中で、私の脊椎は長い橋となってどこまでも続き、広大な空間をまたいでゆく。

 LAX [ロスアンジェルス国際空港] から成田への飛行機の記憶。ヴァリギ・ブラジル航空、RG836便だ。私たちは巨大なボーイング747の脊椎に入ってゆく。すでに何百人かの「デカセギ」やビジネスマンや観光客が、その関節のひとつひとつをなしている。かれらはブラジル、サンパウロから乗ってきた。ロスアンジェルスで、この巨大な空飛ぶ鯨の長い背骨に並ぶ最後の空席を埋めるのが、私たちだ。

 飛行機の座席は、私にはいつだって高すぎる。足はぶらぶらし、膝が痛くなる。背もたれも高すぎる。頭が変なふうに前に押し戻される。私はアメリカの平均的な身長に達していない。それは国際規格なのだろうか? この機内のどれだけの人が、その規格に合っているのだろう? ともかく、おかげで苦しむことになるのは、私たちの骨。

 空間と高度を横切る私たちの旅は、フライト・モニター上のデジタルなドットの連続線だ。精密に標定され、飛行につぐ飛行が、おなじ空気の中をつらぬいてゆく。キャビン内部の気圧に耳をふさがれて、私たちはいくつもの夢と目覚めを抜けて横滑りし、暗闇の中ではてしなく光を踊らせるアメリカ映画をときどき眺める。成田につくまでには、四本のアメリカ映画を見ることになる。ということは、サンパウロから乗っている人たちは、すでに他の四本を見ているのかもしれない。二十四時間の飛行で、八本のハリウッド映画。私たちは置き去りにしてきた時間を知ろうと、腕時計を見る。体内時計を合わせようとして、でもできれば忘れてしまいたいとも思って。いずれにせよ、着くのは翌日。

 新幹線は飛行機よりもっと長い脊椎だ。古い日本と新しい日本を分割する、分節化された体をもつ鋼鉄の蛇。こんどは私たちは移動する日本人集団にまぎれこむ。だれもが長い旅をする、雪の北海道の北のはてから出発、トンネルを抜けいくつもの私鉄や地下鉄やタクシーやバスを乗り継ぎ、フェリーに乗って佐渡島へ、あるいは九州の椰子の並木へ。これは一本の脊椎ではなく、巨大な、多数かつ多様な龍だ。それでも新幹線が、やっぱりいちばん早い。

 この脊椎に乗ったら右側にすわるように、と教わる。富士山が見えるように。この座席は私に合っているみたいだ。膝をぶらぶらさせなくてすむ。飛行機とは別の規格に気持ちよく落ちついて、乗客のある者は眠り、眠っている火山を見ない。時速200キロなら、富士山が見えるのがたっぷり十分間だとすれば、その山麓を33キロにわたって走っていることになる。新幹線の旅は飛行機よりも正確だ。一秒単位まで狂いなく、車両は小さなくしゃみのような軽い衝撃とともに停止する。11時22分00秒。名古屋。

 名古屋近郊の瀬戸に落ちついて、私たちはレンタカーを借りた。銀色の4ドア、スバル・クーペ、年季の入った八七年型。車の後部に黄色と緑の矢印のスティッカーを貼って、新米のドライヴァーだとわかるようにする。別のブラジル人家族もやはりこのスティッカーを車に貼っていることに気づくが、あの人たちはもう三年も貼りっぱなしにしているのだ。緑と黄色。ブラジル国旗の色。ブラジル人ならクラクションを鳴らせ。気をつけて[=クイダード] !この車にはブラジル人が乗っています。クイダード、この人たちは迷うから。右から左に車線が替わって、向こうむきがこっち向きでこっち向きがむこう向きというこの新しい脊椎に、この人たちは慣れていないんだから。どっちにしても、左側にぴったり沿って左折しながら、私たちは日本人に変身する。

 友人のリュウタが、彼の家から私たちの家までの道を教えてくれる。曲がるべき角にくるたびに、サークルKがある。サークルKが四軒。リュウタの家にゆくには、サークルKにくるたびに左折すること。うちに帰るためには、サークルKにくるたびに右折すること。私たちはマルKめぐりをしている。これは私の名前をめぐる冗談。カレンのK、コンビニのK。二十四時間、やってます。「マイホーム」からあなたの「ホーム」まで、ずっと照明の絶えない道路を「マイカー」で。

 Eメール。インターネット。連結。すみません、あなたのモデム回線は使用中か、あるいはつながっていません。連結のセッティングが正しいかどうか、もういちど見直してください。ヘルプをクリック。インターネットの魔法使いがつなげてくれる。すみません。MSNメンバー・サービスのテクニカル・ヘルプ係にお電話ください。044−965−0196です。アドヴァンスト・セッティングにAT&Fとタイプしてください。S56=144(一角アケテ)S27=48とタイプしてください。この電話番号は、現在使われておりません。そのままお待ちください。新しい電話番号のボード数を調べています。9600。コンピュサーヴ・メンバーサービスへようこそ。基本料金は月額9・95ドルで五時間です。最初の月は試験期間として無料です。けれども日本のあなたのところからは、追加料金が毎分35円となります。(ということは一時間20ドル!)このまま切っていいか、確認してください。日本語ソフトウェア・ヴァージョンをお試しください。カタカナは読めますか? キャンセル(KYAN-SERU )。ヘルプ(HERU-PU )。こっちのモデムからそっちのモデムへ。私のコンピュータからあなたのコンピュータへ。ハードウェアの脊椎。ケーブルの神経。KDD。AT&T。腰が痛い。どこにもつながらない。

 ときには絶望にかられて、電話を使う。向こうから、答えが聞こえる。いま何時だと思ってるの? こっちは十七時間遅れなのよ! こっちだって眠らなくちゃならないんだから。人に電話するような時間? こうして同時に話していても、こちらの時間はあちらの時間ではない。

 漢字ひらがなカタカナが集っているのが見える。みんなそろって右から左へ、ページの上を走ってゆく。ときには左から右に走っているように見えるのもある。ROMAJIは、目に飛びかかってくる。認識は、抽象絵画を読むように、拾い集めてゆかなくてはならない。これは牛みたいに見えるわ。こっちはバイオリンみたいだ。わかった、これはガスの請求書! それでこのチラシは、ピザ(Pi-za) 。配達します、だって。Benri にっぽん。おっと、セクシー・ビデオのチラシだわ! そりゃわかるわよ、ヌード写真を見れば。でも読んでごらん。ビデオ(bi-de-o) 、でしょ。チラシの女の子が手に入るわけじゃなくて、彼女のビデオが買えるってこと。エッチな、性差別の日本。私の舌から私の恥骨まで、私の脊椎をつらぬくのは、感覚の道路、感覚の境界線。マッサージが必要だ。

 腰が痛い。地理的にひきのばされて、背骨が無理に長くなっている。圧縮されデジタル化されて、背骨は無理に短くなっている。それは途方もない抽象、さまざまな発話のピジン脊椎。私はたぶん時間の25パーセントは、この脊椎をつうじてメッセージに連結されている。それは多様で反転可能、回線は切れ、でも完璧につながって、時間はなく、痛みは続き、無限に敏感。それは境界線、国境地帯。それは乗物でもあれば乗客でもある。輸送機関にして、旅人。それは橋、そして、どうにも厄介な重荷。私の背中。

back to contents


pieces of ceramics 1 マル・ゴミ
管啓次郎訳

photo: Jane Tei Oliveira

 

2月22日、土曜日
 瀬戸で借りることになった家をはじめて見にゆく。六〇年代に建てられた二階建ての家で、おなじ作りの並んだ三軒のひとつ。コハン町、2の20の3。友人のアキコが近所の人たちに挨拶まわりに連れていってくれる。一軒ごとに贈り物を用意してあり、それにとても大切な質問がひとつ。何曜日の、何時に、どこに、どうやって、ゴミを出せばいいんでしょうか? 返ってくる答えを、私は注意深く聞く。いい隣人になりたいから。

 

2月24日、月曜日
 トラックを借りて友人のアキコとリュウタといっしょに、岐阜市にゆく。アキコの御両親が、近々家を建て替えるというので、家具を整理しているところだ。要らなくなったものは洗濯機、冷蔵庫、電子レンジ、テレビ、テーブルと椅子と布団。家具と家電製品のひとそろいが、瀬戸のからっぽの借家のための貴重な獲物となった。

 

2月26日、水曜日、夜
 お隣のタカハシさんの奥さんが、きれいなポスターをもってきてくれる。ゴミをいつどうすればいいか、ことこまかに説明したもの。ポスターには、ゴミが四つのグループに分類されている。プラスティック、紙、生ゴミを含む、燃えるゴミ。瓶や缶や新聞紙といった、再生用のゴミ。どうやら陶器や電球などを含むらしいグループ。そして自転車だの洗濯機だのといった粗大ゴミ。タカハシさんは、規定の黄色いゴミ袋を一箱くれる。この透明の黄色い袋は「バーナブル」なゴミ用なんだ、と了解。もえるごみ。「もえるごみ」は月曜と木曜の朝8時30分に出さなくてはならない。

 

2月27日、木曜日、朝
 目覚ましが8時25分に鳴るが、私は少なくともすでに1時間は前に目を覚ましていて、布団の外の冷たい空気に手を伸ばして時計をいじっては、暗闇の中で目をこらして何度も時間を見ていた。ゴミのトラックがやってきて、私の「もえるごみ」を置き去りにすることを恐れていたのだ。ゴミはすぐもってゆけるよう、玄関のところに置いてある。この時間、家は情けないくらい寒い。布団から出てゆくのは、みんな、もっともやりたくないことだ。私は着替え、玄関であわてて靴をはき、ゴミをもって走りだす。タカハシさんに教わっていた角にゴミ袋がまるで見えなかったので、私は突然パニックに襲われるが、そ の左5メートルのところに「もえるごみ」の大きな黄色い袋が二つあるのがわかって、安心する。任務完了。きっと近所の人たちも一斉に出てきてはゴミをどんどん積んでゆくにちがいないと思いながら歩いているのに、地域社会のための私の自己犠牲に気づく人なんて、だれもいないようだった。

 

3月7日、金曜日
 伝統的なお菓子を一箱、いただく。箱は把手のついた色彩ゆたかな紙袋に入れられて、私たちにわたされる。箱には模様のある上等な和紙がかけられ、箱の生地が見えている−−それは丈夫なボール紙製で、さらに美しい紙を貼ったもの。さらにもうひとつの薄紙の覆いを開くと、その中で箱はいくつにも区切られていて、プラスティックの仕切りのひとつひとつに、一個一個包装されたお菓子が入っているのだ。私たちはお菓子をひとつつまみ、ゆっくりと包み紙をはがすと、それがまた最後の、そのまま食べられる何かで包まれている。お茶を注ぐ。ゆっくりと噛む。一口一口、しっかり味わって。いただきながら、七重かそれ以上の食べられない包装紙をきちんとたたんで、このお菓子の歴史的説明や会社の案内やこれも食べられない乾燥剤の袋などといっしょに積み上げてゆく。これは経済学の、奇妙な勉強になる。包装が意味するのは、完全雇用だ。できあがったゴミの山は、いくつも積み重ねられた仕事を表す。日本の湿度だの、包装や茶道の文化的意味だのについて考えをめぐらすこともできるが、こんな過剰包装は、じつは国民の繁栄のためにこそ、必要なのだ。

 

3月16日、日曜日
 みんなで、鶴舞公園近くのアパートに住んでいるブラジル人の一家に会いにゆく。ブラジル人は日本に到着した当座、まず何も買わないですむのだと説明してくれる。家具や暖かい衣類はよく他の滞在者からのお下がりをもらうのだが、それ以上に、ゴミでなんでもそろうのだ。リーシュ [ポルトガル語で「ゴミ」] だよ。あの新品の三段式冷蔵庫でしょ、この二カ国語対応のビデオつきテレビでしょ、あの小型電子レンジに、こたつ、全自動洗濯機、ファックス電話。ぜんぶちゃんと動くよ。ぜんぶリーシュよ。信じがたい掘り出し物の話もいろいろある。つややかなサクラ材を使ったオルガン、コンピュータ・システム一式、大型スクリーンのステレオ・テレビ。どこも地区ごとに、決まった場所、決まった夜にゴミを出す。懐中電灯をもってゴミを見ているうちに、獲物をあさる他のガイジンとぶつかるというわけ。

 日本人は、とブラジル人はいう、そんなことは絶対しない。日本人は他の人間が使った物を欲しがらないんだ。迷信深いんだよ。古い物は縁起が悪いと思っている。新しい家には、新しい物がいる。アパートを出るときには、中にある物をそっくり片付けなくてはならない。日本人は家具付きの部屋は借りたがらない。家財道具を新しい家に運ぶより、捨ててしまったほうが安上がりということがよくある。土地が高いし。アメリカみたいに、古いテレビをガレージに片づけるというわけにもいかない。冬物の布団や洋服をしまっておく部屋もない。捨てて、来年また新しいのをひとそろい買うほうが簡単。

 

4月1日、火曜日
 おなじ建物の中で、別の一家族とアパートを交換するという友人を手伝いにゆく。友人一家が上の階に移る。相手の家族が一階に。車椅子を使っている子供を、車椅子ごと階段を上下して運ばなくてすむようにするためだ。二つのアパートは、大体おなじ大きさ。四畳半二部屋に台所とお風呂。これだけの空間にどれほどの物がつめこまれているかには、びっくり仰天させられる。運べば運ぶだけ、物が出てくる。大小の家電、食器に食料品、お鍋やフライパン、シーツや衣類、液体洗剤に洗濯ばさみ、おもちゃに雑誌。私は無限にある再生ゴミを袋につめてゆく。ビニール袋、紙袋、瓶やプラスティック製のマーガリンの容器、こうしたあれこれは何かの時のためにとってあるのだけれど、その時はけっしてやってこない。私の友人はしだいに大きくなってゆく山を仕分けて、あきらめてゴミに出すものを選ぶ。年老いた彼女の母親は、こうして仕分けられた物からまた何かをつまみだしては、娘が見ていないすきにそれを取り返してゆく。



pieces of ceramics 2

......The beauty of trash.
photo: Jane Tei Oliveira


 

4月6日、日曜日
 七千人が住む団地の住民代表(「クチョー」)の男性と話をする。住民七千人のうち、二千人はブラジル人だ。ゴミが、団地のかかえる問題のひとつだと、彼は考えている。ブラジル人は、新しいゴミ処理法に協力してくれるだろうか? ブラジル人住民全家庭に、質問状が送られた。そのうちの一項目全体が、"problemas relacionados com o lixo" (ゴミ関係の問題)にあてられている。「ゴミの正しい出し方についてのポルトガル語の貼り紙を見ましたか?」「ゴミを捨てるとき、規定のゴミ袋を使っていますか?」「燃えるゴミと燃えないゴミを、それぞれ決まった日に出していますか?」「ゴミをどこに捨てればいいか、知っていますか?」「ゴミをどう仕分ければいいか、知っていますか? 」「ゴミ収拾を円滑にするには何が必要だと思いますか?」「四月からの新しいゴミ処理規則に、協力しますか?」

 

4月15日、火曜日
 ブラジル人の友人を、大阪まで車で乗せていってあげることにする。ブラジルに帰国する別の友人が残していく車を、引き取りにゆくのだ。当のともだちの車は、すでにスクラップ屋送りになった。ブラジル人の側から見ると、もったいないと思う。その車は日本以外の基準で考えるなら、まだまだ新しくて使える車なのだ。しかし日本にはひどくお金のかかる車検というものがあって、それには少なくとも千五百ドルが必要であり、その上に、基準に合わなかった部分の修理代がかかる。車検の費用だけで、別の車が買えるのだ。大阪に取りにいった車の、車検の日付をしめすステッカーを見る。この車も、寿命は限ら れている。

 ブラジル人の貿易商が、古い自動車部品をブラジルに輸出してあちらでまた車両に組み立て直したらどうかとやってみた、と私にいう。だれでもただちに思いつくことだ、これだけの中古車をよそで役に立てられないものか? ブラジル政府は、自国の自動車産業を保護するために、それを許可しない。けれどもインドはそれを許しているし、フィリピンでも大丈夫。車は半分に切断され、コンテナで送られ、むこうに着くとまた溶接されるのだ。

 

4月19日、土曜日
 ブラジル人の友人たちが、いいゴミが出るという評判のいくつかの地域を偵察にゆく。そういったゴミ置場は、大概、世帯数何百戸、住民数何千人という、大規模な団地の近くだ。いくつか音響製品の箱があったが、目ぼしい物はなし。いい物は、すでに取られてしまったのだ。

 十階建ての建物を見る。バルコニーには布団が干してあり、Tシャツや下着が吊るしてある。ここにはたくさんのブラジル人が住んでいるが、土曜の午後にしては、ブラジルの基準から考えると奇妙にしずか。みんな「ザンギョー」をするからだ。時間外勤務。その夜勤の疲れで、眠っている。ブラジルでのかれらの暮らしは、これとは非常に異なったものだったろう。工場で働くのははじめてかもしれない。いま、かれらは三つのKをめぐり歩く。キタナイ。キツイ。キケン。銀行員が、金属板をプレスして車のバンパーを作っている。エンジニアが、食肉処理場で豚を鉤に吊るしている。文房具店主が、ゴミのトラッ クを運転している。十五歳の少年が、建設現場でセメントを混ぜている。おばあさんが、細い電線を電子部品の板にはんだづけしている。かれらはブラジルにいたときとおなじ人間だが、そのおなじ生命に対して新しい、異なった使用法があるのだ。かれらの生命には新しい、異なった使用法があるが、もし銀行員が指を切断したりおばあさんが心臓発作で倒れたりすれば、その代わりになる指のある銀行員、丈夫な心臓のおばあさんは、すぐ見つかる。

 私たちは、音響製品の箱はいらない。私たちが探しているのはビデオ・レコーダー。私たちは一対の古椅子を見つけ、今日はそれでおしまい。

 

4月26日、土曜日
 二階の、娘の部屋を掃く。ここはタタミ六枚の、トコノマ付きの部屋だ。娘は瀬戸じゅうの空き地や道路で拾った陶器のかけらを集めている。ここは古くからの伝統ある、陶磁器作りの中心地なのだ。だから、セトモノという。畳と床の間じゅうに、パズルの断片か遺跡発掘現場から出土した品物のように、瀬戸物のかけらが並べられている。伝統的な青で描かれた紋様、反復される抽象的デザイン、漢字の一部、わび/さび−−残りのすべては畳のいぐさと木材に投げかけられたまだらの光−−の美を、娘はまるで自分にはお茶碗、お皿、花瓶の全体が、もともとの輝きと実用性をもって見えるとでもいうように、把握 しているのだ。ゴミの美。

 いずれにせよ、私はそれをぜんぶ集め、プラスティックの袋に投げこんで、また掃きつづける。

back to contents


心にふれて、サークルK
管啓次郎訳



may.jpeg


 

以下のコラージュは、次の要素から構成されています。
Tシャツ、広告、ノート、バッグ類、アルバム、タオル、食品、自動車、その他のあ れこれからとられたニッポン英語。そして日本で発行されているブラジル語新聞4紙 (「フォーリャ・ムンディアル」「インターナショナル・プレス」「ジョルナル・ト ゥード・ベン」「ノーヴァ・ヴィザンゥ」)および「ザ・ジャパン・タイムズ」から の見出しならびに広告です。

 

Dream Time
Happiness is loving someone who loves you.
She is remarkable for her fawn technic.

 

日系人、ペニスを見せて逮捕される

27日、22歳の日本人女性M. M.にペニスを見せたN.M.O.、27歳が、浜松にて逮 捕された。警察発表によれば、このブラジル男性は、犠牲者の太腿にさわったともいう。

 

Champion K
International New Sports Association
Exciting Sports Scene.
Complete Power Fulmember
Your energy and health will
be at their this year
Something and Yourself.

 

ドゥンガ(「ガキ大将」の意味):選ばれたサムライ

ワールドカップ優勝ブラジル・チームのキャプテンは、現在日本のサッカー・チーム 、ジュビロ・イワタでプレーしている。その彼が「ジョルナル・トゥード・ベン」独 占インタヴューで、日本サッカーおよび日本生活について語った。

 

すてきな人間生活のためのおしゃれな選択

 

株式会社ジョイ・ワーク                  
では男性、女性、カップルを募集中              
年齢 18歳から40歳まで                 
職種 アルミニウム部品工場                 
給与 男性 時間1300円から1500円 女性 時間900円
家具付宿舎 1室2名                    
ゆきとどいた援助のうけられる堅実な会社で働きましょう    
いますぐ電話を。ポルトガル語でお答えします。        

 

急募、男性工員!                     
勤務地 愛知県豊田市、安城市、刈谷市            
職種 自動車部品製造と組み立て               
給与 昼勤 1日1万1200円               
   夜勤 1日1万3510円               
   残業 時間1820円                 
勤務時間 昼勤 8時から17時 夜勤 22時から7時30分 
年齢 18歳から40歳                   
特典 健康保険、有給休暇、賞与あり             
詳しくはワールドサポートまでお電話ください。       

 

サカマキ、逮捕
野村現社長、自社の誤りを認める

野村証券前社長ヒデオ・サカマキは、金曜日、投資損失補填のために総会屋に対して 違法の利益供与を認めたとして逮捕された。

 

Teddy Market
Old Bear of Project
It's really true when they say
"Many hands make light work."
You'll regret it if you fear it. Think!

 

給料支払をめぐり、ブラジル人、仲介業者を告訴
静岡で150人に損害を与えたチュウブ・セイコー社に対して

未払いの給与をめぐり、仲介業者チューブ・セイコー社に対し2か月以内の支払を求 める訴訟が、ブラジル人グループによって起こされた。同社は7か月前に倒産してい る。同社倒産にともなう宿舎の家賃滞納によって、多数のブラジル人労働者が立ち退 きを余儀なくされた。経営者のセイシュー・ハシモトは行方をくらましている。

 

I never want to lose
the innocence of my heart.
Refreshing times flow gently.
Chirpy

 

捜査の結果 300万円強奪事件に狂言の疑い

現金300万円の紛失事件で、強盗に奪われたと被害者を装っていたブラジル人、ロ ベルト・タカシ・タカナミ(25歳)が、着服の疑いで14日水曜日に逮捕された。 タカナミは豊田市にある仲介業者の従業員で、着服した現金は労働者20人分の給与 にあてられるものだった。

 

I believe a leaf of grass is no less than the journey work of the stars.

 

大多数の人々、保険適用を受けられず

群馬県太田市の建設現場で働いていたスミアンゥ・カワハラ(48歳)は、8メート ルの高さから墜落してけい骨と腰を骨折した。群馬県のエルザ・コガ(42歳)は、 フォークリフトに足を轢かれて骨折。岐阜県可児郡のネルソン・ナカタ(32歳)は 、2年前、人さし指を切断した。愛知県安城市のクラウディオ・オガタ(21歳)も 、指を切断。浜松のジョルジ・シノハラ(12歳)は、癌のため左足を切断し、右脚 の骨の一部を切除した。

 

america
Since 1982
original range of casual wear from California
Beverly Hills Polo Club

 

政治家の発言にブラジル人の怒り

浜松市を地元とする新生会所属の衆議院議員ジュンイチロー・ヤマガワの、保険制度 に不満のあるブラジル人は国に帰れとの発言に、在日ブラジル人は怒っている。

 

Joky gal
Your heart will dance to
Sincerity American style

For sophisticate woman
I'm particular about fashion
and personal things.
and that's what I'd like to share with you.

 

この人に注目 ヴァネッサ
名前 ヴァネッサ・クリスチーナ・ヤカタ 19歳 サンパウロ州サントス出身。

3年前に来日、現在群馬県大泉在住。
日本について。「家族と一緒なら、住むにはいい国ですね」
好きな食べ物。「海の物ならなんでも」
スポーツ。「アイス・スケート」
長所。「正直」
短所。「独占欲が強すぎる」
セックス。「愛があれば、自然に」
愛。「説明するのはむずかしいですね」
メッセージ。「日本に来る人は、自分の道を見失わないよう、はっきりした目的をも ってください」

 

I hope to experience many love affairs.

 

交通事故でブラジル人死亡 日本人女性ドライヴァーの過失

クラウディオ・ツモト・ウツノミヤ(21歳)は、長野で対向車との衝突事故により 死亡した。対向車を運転していた女性の居眠り運転が原因。

 

Your trip with nature
will always be a pleasant
environmental adventure.

 

KDD、コールバック・システムに3億円の投資

日本の国際電話会社KDDは、国際コールバック・システムの大手であるフォーヴァ ル・インターナショナル・コミュニケーション社東京支社開設のために、3億円の投 資を決めた。

 

Stay back
200 ft

 

非合法入国者の援助に禁固刑

非合法入国者の援助に対して、最高禁固5年、罰金300万円の実刑が課せられるこ とになった。非合法外国人の入国管理強化のため、国会の司法委員会は新入国管理法 案を全員一致で決議した。

 

Please tempting the taste of Hida beef

 

プラスパ精肉店&レストラン        
ポルトガル語カラオケ!!          
土曜日曜には食べ放題ビュッフェ! 1000円
大特売!                  
リブ              キロ480円
ステーキ            キロ780円
豚ソーセージ          キロ850円
豚足/尾/耳          キロ600円
魚(ピンタード)       キロ2000円
魚(ピラーニャ)       キロ1100円
日本国内どこでも直送します!        

 

見て美しければ、食べてもうまい。おわかりでしょうか?
日本ではちょっとは知られた料理人。
私のレストランです!

 

創造性

パルミットの春巻と餅の緑ソース和えは、日本で高い評価を集めてきたシェフ、サダ コ・シーダ・ドイの新作料理。

 

MINISTOP FF=FAST FOOD . . . WHAT'S?
Flash Food*Formal Food
Famous Food*Fairyfood*Fight Food
Floral Food* Feeling Food
Flying Food*Fever Food
Faithful Food*Fire Food
Fall in Love Food

 

ランショネッチ、新規開店

お好きなパステル12種、ピザ7種、サンドウィッチ12種、カナペ13種を、ブラ ジルそのままの雰囲気でお楽しみいただけるのが、静岡県浜松にオープンしたKパス テルです。

 

Waffle Furato Shitsu
Here is a small white flying
And there, a honeybee's popped out.
Some flowers have just begun to come out, here and there.
It's about time for me to burst into bloom, now!

 

障害者バービー人形、ブラジルでは不振

この新型のバービー人形は、アメリカで発売され、すでに「標準」型以上の売れ行き を見せているもの。

 

天皇皇后両陛下、ブラジル訪問を語る
記者会見で、両陛下はブラジルの友人たちの思い出とともに、出稼ぎ労働者に対する ねぎらいを述べられた。天皇陛下は「これ(出稼ぎ現象)が両国民の交遊を深める機 会となればうれしく思います。日本での生活が実り多きものとなり、帰国するまでに 日本でよい友人を作ることができるよう希望します」と述べられた。

 

Petite note
Let simple and old fashioned myself
stay with you, while ordinary things have been disappearing in the world.

 

ブラジル人男性、家族を殺し自殺を図る

愛知県犬山市で15日木曜日夜、ブラジル人アルベルト・アベ(36歳)の妻がナイ フで刺殺されるという事件が起きた。アベ容疑者は5歳と7か月になる二人の娘を殺 害し、遺体を勤務先の焼却炉で焼いたと見られている。アベは自殺を図ったが、失敗 。動機は明らかでないが、自分の健康問題を気に病んでのことだったと見られている。

 

Both a bird in the sky and
we are the same creature.
They tell us the truth that
if you want to take the
lively pictures,
you have to feel the breath of them.

 

ホミ団地、戦略転換を余儀なくされる

2500人のブラジル人が住む豊田市のホミ団地では、一連の事件(器物破損、深夜 のバイク音や音楽)によって、平和な生活が妨げられている。住民組合では、数々の 規定をポルトガル語の翻訳つきで看板に記してきた。規定には、窓からのゴミ投げの 禁止や、バーベキューの禁止が含まれる。外国人とともによりよい生活を模索しては 挫折することの繰り返しに、住民組合では問題解決にむけて警察ならびに市当局の一 層の協力を求めることにした。

 

Dream Collection
So many wonderful
dreams, wherever we go!
Dream collectors, all:
let's make every dream our own!

 

ブラジルに不動産を
人気コンドをお求めになるには絶好の機会です

アルコイリス・コンドミニアムはサンベルナルド・ジ・カンポの中心街に位置した2 96戸。専用エリア43平米、レジャー・エリア1200平米。

 

Witness the sky above is blue and infinite the great
sun is white and scorching the seagulls are coolly sailing.

 

外国人中学生、高校入学のための日本語能力が十分なのはわずか31パーセント

日本の中学に在学する外国人中学生のうち約半数が高校進学を希望しているが、授業 についてゆくのに必要な日本語能力があるのはわずか31パーセントだということが 、先月の東京学芸大学による調査でわかった。

 

Individuality opens up an age
actual feeling
Unintentionally with individuality
and nonchalantly with sensibility
Toroppa designed by LeCien

 

浜松のゲームセンターで、青少年が麻薬所持

5月22日付けの浜松警察発表によると、5月7日午後8時13分、18歳のブラジ ル人少年が麻薬所持で逮捕された。

 

Doraemon is the cat type robot.

 

逮捕のブラジル人、中学生二人の麻薬使用を供述

浜松で15歳の中学生二名がクラックの服用を告白した。

 

All children grows up little by little and
Childhood turns into only a memory.
The smile is full of the urge to do mischief.

 

被抑圧者教育の理論家逝去

ブラジルは、偉大な教育活動家を失った。教師・著作家のパウロ・フレイレは、心臓 疾患により5月2日、アルベルト・アインシュタイン病院にて死去。75歳。5人の 子供がある。

 

When you put your body in the Mother Nature. You sure feel the greatness of the
god creation it embraces you tenderly and wash your agony you picked up in your
life off the grand view and the connoted wisdom.
Alpine Equipment Baboleta
Croster Dragon

 

ブラジル人夫婦刺殺犯人を捜索中

女性の遺体発見、スーツケース詰めになり頭部と両手がはみだす
ブラジル人夫婦、カルロス・アルベルト・オーサコさん(30歳)とマサヨ・フジハ ルさん(30歳)が、4月26日土曜日、福井にて刺殺体となって発見された。男性 の遺体は毛布で巻かれ、丸岡町の県道364号線トンネル入口付近を歩いていた女性 によって発見された。

 

A photograph can
run our imaginary writing brush,
give us a free emotion.
The one who heartily releases numerous shutters
of the subjects with rising emotion,
he will be able to open a happy exhibition.

 

「スーツケース事件」 ブラジル人社会に恐怖の波紋

謎 被害者宅に血痕発見 仲介業者を取り調べ
カルロス・アルベルト・オーサコさんとマサヨ・フジハルさん夫妻の住宅内で血痕が 見つかった(左、家族提供の写真)

 

Note Avenue
Times simply too very important to afford to be forgotten are the true
substance of our memories.

 

行方不明のブラジル人たち          
氏名 アントニオ・ヒデアキ・アラキ     
年齢 52歳                 
失踪時住所 茨城県石岡市           
ブラジルでの連絡先 ルルデス         

氏名 ロベルト・ヒトシ・トゲ        
年齢 37歳                 
失踪時住所 神奈川県横須賀市         
ブラジルでの連絡先 ネオザ          

氏名 アレックス・モライス・トミオカ    
年齢 17歳                 
日本での連絡先 寝屋川市ナダヤ商店、秋田氏まで

 

I'm Nudy. Who are you?
Hair Water Milk

 

伝言板
「妻エレーナへ。お誕生日おめでとう。神さまがきみに健康と長寿を与えんことを。 それが、きみを心から愛する夫の願いです」(福島県須賀川市、ヨシオ・イトー)

 

I love every bone in your body including my own.

back to contents


サークルK レシピー集
管啓次郎訳


ごはん
水が濁らなくなるまで米を洗う。米1カップにつき水1カップを加える。炊飯器に入れてボタンを押す。

アロイス
米を洗って水を切る。刻んだニンニクとタマネギに塩を少々ふって油で炒める。水を加える。米1カップにつきだいたい2カップの水を加える。沸騰させる。火を弱め、蓋をして、やわらかくなるまで煮る。(日本に住んでいるときは炒めた米を炊飯器に入れて、水を加えボタンを押す。)

ある日、豆腐料理の専門レストランで、私は隣のテーブルの人たちが「ライス」を頼むのを聞いた。「ライス、ひとつ」。私は自分が聞きまちがえたのだと思ったが、そのうち他のレストランのメニューでも、このカタカナのサイドオーダーが読めるようになった。日本のレストランでごはんを注文できるのは当り前に思えるが、それがなぜライス」と呼ばれるのかは、その理由は推測する以外にはない、日本独自のいくつかのことがらのひとつだ。私が思うには、「米」という単語は穀物としてのライスを表わし、「ごはん」という単語はライスおよび食事一般を表わす。ただもう一杯分のごはん、だけをさすものがないのだ。それで「ライス」。だが、かつては食事(ごはん)を食べているということは、そのままライス(ごはん)を食べているということだった。

私の祖父は苗木という小さな村の出身だった。村はいまでは岐阜県中津川市という、より大きな市に吸収されている。彼の家はどうやら、小作人に分配するのに十分なだけ広い土地をもっていたようで、小作人はその借地料を米で払った。当時は米が貨幣だったのだ。昔は大きな倉庫があって、そこで一家は米から酒を造った。かつて私の父は、この家の没落はその貨幣を飲んでしまったことにあるのかもしれないという意見を唱えていた。最近になって、その苗木の土地を所有し耕している一家が、まさにその土地でとれた米の、大きな袋を送ってくれた。苗木のお米。私はそれを数カップ分洗い、炊飯器で非常に注意深く炊いた。それから家族みんなで非常に注意深く食べた、最初は一粒ひとつぶを味わうつもりで。それはまるで先祖を食べているような、奇妙な小さな儀礼だった。あるいは、まるで貨幣を食べているような。

私は兎年生まれだ。満月の夜には私は空を見上げ、お米を巨大なオモチにつく兎の輪郭を見極めようとする。巨大な餅とは、つまり、月のこと。私が子供のころ、祖母は何粒かのお米を私の耳たぶにくっつけた。私はいつも自分の耳が大きすぎると思っていたが、祖母は耳たぶが大きいということは幸運のしるしなのだ、といった。耳たぶにお米をつけられるなら、おまえはお金持ちになる。カネモチ。べたべたひっつく米粒は、知っているのだ。私は貨幣です、と。

日本ではお米はねばりのある種類でなければならず、また精米されて白くなっていなくてはならない。人は米の純粋さを食べる。その栄養価が大したものではなくとも、そんなことはかまわない。だいたい、それ以外の種類の米や他の穀物が店で見つかることなど、ほとんどない。玄米もない。大麦もない。ひきわり小麦もない。ひきわりトウモロコシもない。長粒種の米もない。あるブラジル人の女性が、短粒種(ジャポニカ)の米と長粒種(インディカ)の米のちがいをこう説明した。「日本のお米はね、力をあわせて成功しよう(ジュントス・ヴェンセレーモス)! ブラジルのお米は、ひとりでやれるさ(ソズィーニョ・コンシーゴ)!」けれども、日本人がタイ産の長粒米をいやでも食べさせられるという事態は、けっして起こらない。

タイのお米が日本市場に紹介され、ただ不評を買い結局何トンも捨てられたという話は、誰もが教えてくれる。日本人は不平をいった。「妙な匂いがするのよ」と。誰かが、虫のかけらを見つけた。それはねばりがなかった。安かった。それはただ、貧しい国から輸入された、その国の主要産物にすぎなかった。その意味では、それは米ではなかったのだ。それは貨幣ではなかった。いまそれは、誰が食べているか? たぶんブラジル人が。

日本ではいまが雨期だ。水が全国の水田にたっぷり張られている。農地を住宅やミニマートや工場が蚕食し、徐々に畑にとって代わるが、いまなお米の支配にとって代わるものはない。ある地方では、野菜や果物を作っているのを見ることさえ稀だ。いっそう稀なのは、トウモロコシ、豆、その他の穀類、あるいは間作作物。スーパーマーケットで買えるものから見ると、多様性と量が犠牲にされ、代わりに生産物のほとんどにクローンではないかというくらいの完璧さが見られる。たとえば、すべての茄子はその大きさといいかたちといい、どれも他のすべての茄子にそっくり。おなじことが、胡瓜、トマト、玉葱、じゃがいも、りんご、蜜柑、メロン、その他についていえる。誰かが、日本では毎年、米の総生産量に匹敵する重さの、不完全な野菜果物が捨てられるという、信じ難い統計を提出している。このつけを払うのは、あなただ。トマト1個=1ドル。りんご1個=1ドル。レタス1株=2ドル。白菜1/4株=1ドル50セント。米10キロ(20パウンド)=40ドル。

食物(ごはん)は米(ごはん)だが、明らかに米は本当はごはんだけにはとどまらない。それはまた酒であり、糠であり、屋根を葺き、紙、糊、粉、むしろ、そして過去には履物も雨具も稲から作られた。けれどもこうした副産物を超えて、その生産、その純粋性、その神話的特質、その価値は、食物と呼ばれる他のすべてのものを定義してきた。すべては、それを物差しとして計られる。貨幣。米の頑固さ。米の粘り強さ。金本位制はずっと以前に廃止されたが、この米本位制はそうはいかない。


味噌汁
鍋一杯の水にダシを入れて沸騰させる。大さじ一杯の味噌、刻んだ野菜、海草、きのこ、あるいは豆腐を加える。

フェイジョン
豆から小石や虫の死骸をとりのぞく。豆を洗い、水につけておく。圧力鍋でやわらかくなるまで煮る。別の鍋で玉葱とニンニクに塩を加え、植物油あるいは獣脂で炒める。煮えた豆を1カップ、これに加えて、ペースト状に練り、ついでそれを豆の鍋に戻してよく伸ばす。塩と胡椒で味を整える。

米と豆。アロイス=エ=フェイジョン。分離不能。ブラジル人にとっては、生命を支えてくれる唯一の食物。1920年代、日本からの初期のブラジル移民がコーヒー・プランテーションについたとき、かれらが配給されたのは米、豆、塩、コーヒーと砂糖だった。砂糖はブラジルではつねに豊富で、その当時の日本人はそれをただ豆に加えることしか知らなかった。この甘いものを何週間も食べたあとでは、しょっぱい食物は快い驚きだったのではないか。いずれにせよ、米と豆は主食としてうけいれられ、それは人々を作る、日々の祝福となった。ア・コミーダ・サグラーダ(聖なる食物)。ごはん(そしておそらく味噌汁)が日本人にとっての食事だとしたら、アロイス・エ・フェイジョンはブラジル人にとってのごはんなのだ。

ブラジルというパレットでのこの経験のおかげで、日本におけるブラジル人の最初の商業的冒険は、ブラジルの食物の生産と販売ということになった。祖国の、母親の台所の食物が、あなたに与えるものとは何だろう? なぜわれわれは、それを渇望してやまないのか? 日本からの移民がブラジルに着いたとき、かれらは毎年の大きな部分を、野菜、豆腐、味噌、醤油を作るために使っていた。現代では、日本へのデカセギは、ブラジル、ニュージーランド、オーストラリア、フィリピンからの輸入品の贅沢なネットワークに出資して、文字どおりの「母の舌」をよろこばせるものを食べている。マンジョッカ(キャッサバの粉)、ソーニョ・ジ・ヴァルサ、グアラナ、ポン・ジ・ケイジョ(小さなチーズパン)、リンギッサ(ポルトガル・ソーセージ)、ゴイアバーダ(グアヴァの練菓子)、フバー(トウモロコシの粉)、スッコ・ジ・マラクジャー(パッションフルーツのジュース)。

日本におけるブラジル生活のすべての飛び地の中心に、見つかるのは食物だ。あるときはそれはレストラン。ときには簡易食堂付の食料品店、あるいはカラオケ・バー。ときにはそれはブラジル製品を積み込んで田舎町の工場労働者の宿舎を予定にしたがって巡回してゆくトラック。またよくあるのはお弁当/マルミータおばちゃん、つまり工場労働者に昼食や夕食のお弁当を配達する女性。

お弁当おばちゃんが運ぶお弁当には、つねに頼りになるアロイス・エ・フェイジョン、肉一切れ、つけあわせの野菜が入っている。彼女がいうには、ブラジルの若い男たちは日本の昼食では「もたん」という。ごはんと漬物ではやってゆけない。肋骨にくっつくような食物が必要なのだ。ある者は魚が好きでない。日本に着いて最初の数か月、全員が急速に体重を減らす。お弁当おばちゃんはまたニュースやゴシップを伝え、母親のように親身な助言をする。しばしば彼女は歩く社会福祉事務所だ。健康保険や、ヴィザや、運転免許証についての情報を与えてくれる。彼女はもうかなり日本にいて、自分の事業をはじめ、いろんな事情を心得ている。お弁当を配達しながらも、彼女の携帯電話は絶えず鳴っている。「カルロス、いいかい、あんたはもうすでに一回、肺に穴が開いてるんでしょうが。残業はしばらくやめときなさい。休ませるのよ。聞いてるの?」「ルイスかね? あんた、豊田に移ったってね。もちろん、お弁当を作っているともだちが、そっちにもいるよ。電話番号を教えましょうか?」

アロイス・エ・フェイジョン、日々の祝福、人をむすぶ絆、ただの食物ではなくて、ひとつの社会契約。


焼肉
フィレミニオンの薄切りを、いろいろな野菜、豆腐、きのことともに皿に盛り付ける。テーブルにおいたホットプレートで、わずかな油で焼く。ごはん、ビールと酒とともに供する。

ビフェ・ミラネーザ
牛肉を叩いて延ばす。それをとき卵とパン粉につけて揚げる。米と豆を添えて供する。

7年ほど前、岐阜県養老の小さな肉屋が、オーストラリアからの輸入肉を信じられないほど安い値段で売るというチラシを出した。このチラシを見て、数人のブラジル人が肉を買いにきて、かれらはまた次の日曜日にもやってきた。ところが、その特別提供は1週間だけだったのだ。ブラジル人はカウンターごしに見て、作業台の上にのっている肉の切れはしについてたずねた。これは日本人のお客が買いにくる上等のリブアイや、あるいはミニオンからの切れはしだったが、ブラジル人はこの売り物にならない肉を買いたいというのだ。毎週末、ブラジル人はさらに肉を買いにきた、例の切れはしや、固い肉ばかりを。ついには、肉屋のおかみさんはこれらブラジル人の注文がさばききれなくなって、かれらに中に入って欲しいところを切ってゆきなさいといった。ピカーニャ(腰肉)、コルシャン・ドゥーロ、コルシャン・モーレ、ポンタ・ジ・アグーリャ(首肉)だ。

やがてブラジル人はバスに乗ってやってくるようになり、店の脇の空き地にバーベキュー台をしつらえ、肉を焼き、音楽を演奏し、歌をうたい、踊った。寒くなると肉屋はこの空き地を囲い、シュラスコ(ブラジル風焼き肉)と音楽は続いた。店では高級な飛騨牛や神戸牛の特選肉を100グラム1200円/12ドルで売ろうとするのをあきらめ、もっとずっと食欲旺盛なお客にオーストラリア産の輸入肉を安く供給することに方針を変えた。つまり、家族ごとに多ければ10キロの肉--牛、鶏、豚、ベーコン、ハム、ソーセージ--を毎週確実に買ってくれるとみていい、ブラジル人相手に。店にはブラジルの食料品が置かれるようになった。空き地は音楽の生演奏もカラオケもある本格的なシュラスカリアになった。これでサッカー・チームをスポンサーすれば、完璧にブラジルだ。現在では他にも4軒、日本の他の4つの都市に、そんな店があり、かれらはメールオーダーもやっていて、遠くは沖縄、北海道に住んでいる人々の家庭にまで肉を直送している。この目的のために、毎月100トンの肉がオーストラリアから送られてくる。

経営者についていえば、夫は日本人で妻はコリアンだ。これはクレオール状況のひとつといえる。韓国/朝鮮系日本人がオーストラリア肉を買い、それを日本でブラジル人ならびにペルー人に売るのだ。


ぎょうざ
ぎょうざの皮に豚挽肉と刻んだ野菜をつめる。フライパンに並べ、少量の油で一面だけを焼く。焦げた色がついたら、1/4カップの水をフライパンに注ぎ、火を弱め、蓋をして、やわらかくなるまで蒸す。

パステウ
パステウの皮にチーズ、パルミット(やしの芽)、トマトあるいは牛挽肉をつめる。ぱりっと黄金色になるまで揚げる。

私は祖母から、米以外のすべてはオカズだと教わった。彼女の家では、お昼ごはんといえばお茶碗一杯のごはんと、彼女が冷蔵庫から出してくるあれこれの瓶に入った漬物、漬けた魚、いかの塩辛などだった。おかずというのはもう古くなった単語で、現代の日本ではあまり使われなくなったのではないかと思う。ハワイ人は、いまでも使う。ヒロで、私はかれらがオカズマキと呼ぶ寿司を試してみた。ブラジルにも、おなじような単語がある。ミストゥーラだ。米と豆以外のすべてはミストゥーラとなる。ぎょうざはおかず。パステウはミストゥーラなのだ。

誰かがこれまでにブラジルにおけるパステウの起源を研究したことがあるのかどうか、私は知らない。私は中国人が揚げわんたんをブラジルにもちこみ、それをブラジル人の好みに合わせていったのではないかと思う。しかしその生産には日本からの移民もまた熱心で、フェイラつまり野外市場のスタンドの背後でそれを揚げた。ブラジルでは揚げわんたんはずっと大きなものになった。豚挽きのつめものの代わりに、チーズ、パルミット、トマト、牛挽き。練った皮は厚くなった。レシピー中の秘訣は、ピンガだという。あの砂糖黍の蒸留酒でも、もっとも強いやつだ。いま、パステウはアジアに帰ってきたが、それはパステウとして帰ってきた。中国のものでも朝鮮のものでも、日本のものですらない。それはブラジルのものだ。そして皮の秘訣はピンガ。それでもこのあいだ、私はチーズとおもちの入った揚げわんたんを食べたけど。

私たちは白川という非常に伝統的な村を訪れた。すべての家が200年は経っていて、屋根は藁葺だ。やはりこの地方独特のものに山菜料理があり、それは山でとれたぜんまい、たけのこ、きのこを使う。これら山菜をつめている工場を、私たちは興味をもって訪れた。ブラジル人家族がここで働いていると聞いたからだ。ところでそこで学んだのは、この地方特産品のすべての原料、ぜんまいやきのこやたけのこは、中国およびロシアからの輸入品であり、それも12年前からそうだということだ。地元産のものを使うと、あまりに高くつきすぎる。それで、要するにこういうことになる。ここを訪れる何千人という観光客にはそうと知られぬまま、おみやげとして買われる山菜は中国とロシアからやってきて、ブラジル人によって加工され包装されるのだ、と。

ある沖縄出身の栄養士が横浜でブラジル・レストランを開いた。彼女は、日本に働きにくる若いブラジル人が全員体重を減らしていて、どうやら日本の食物が食べられないのだということに気づいた。ここに問題を見てとった彼女は、ブラジル料理を覚えるためにブラジルにいった。あるブラジルの料理人は、日本料理を学ぶために日本にきた。いま、彼女は名古屋にあるブラジル・レストランのシェフで、その店のおいしい料理は日本人ブラジル人双方の客を集めている。沖縄からボリビア、ブラジル、横浜と流れてきた一家出身のある日系人は、最近、川崎に沖縄料理とブラジル料理の両方を出すキッチンを店開きした。誰もがおかずを作っている。誰もがミストゥーラを作っている。


茶碗蒸し
卵と澄んだ出し汁をよく混ぜる。鶏肉、銀杏、たけのこ、きのこ、かまぼこを陶器の茶碗に入れる。卵と出し汁を注ぐ。固まるまで、沸騰したお湯の上で蒸す。茶碗に入れたまま、熱いうちに供する。

プジン
卵、練乳、クリームをミキサーで混ぜる。シナモンとクローヴを加えてキャラメルにした砂糖をうっすらと流しこんだ容器に、それを注ぐ。固まるまで蒸す。冷めたら、プジンをお皿にひっくりかえして供する。

最近、私は茶碗蒸しの茶碗をブラジルのプジンを作るために使っている。このあいだパステウを作ったときには、私はチーズとおもちで試してみた。おもちをこうやって使うことは、カリフォルニアの会社がピザおもち、ガーリックおもち、レーズンシナモンおもちを作っていることを、私に思い出させた。別の会社はハラペーニョ(緑唐辛子)豆腐や豆腐のくん製を売り物にしている。先日、私たちはきれいな箱に入った、チョコレートで覆われた煎餅をもらった。日本ではマクドナルドにはテリヤキチキンバーガーがあり、ピザはすべてトウモロコシがかかっており、カレーライスには漬物がついてくる。ブラジル人女性には、炊飯器でケーキを焼く人もいるそうだ。聖なるものは何もない。あなたの伝統は、他の誰かの独創性となる。それは大きな、味覚の冒険。そしてまたもや、「ライス、ひとつ」。ゴチソウサマデシタ。

back to contents


サークルK ルール集
管啓次郎訳

 

日本のルール

(1) 家や建物に入るときには靴を脱ぐ。
(2) 人を訪ねるときには、必ずオミヤゲをもってゆく。
(3) お箸をご飯茶碗に二本の柱のように突き立てたままにしない。
(4) 4という数字は避けなさい。
(5) 自分の年齢と季節に見合った格好をすること。
(6) おなじ仕事をしても、男には時給千二百円、女には時給九百円を払うべし。
(7) トイレではスリッパを使いなさい。そしてそれをトイレに脱いでくるのを忘れない。
(8) 主の側に勧められるまでは、すべてエンリョすること。
(9) お風呂ではお湯につかる前に浴槽の外で洗うこと。そしてタオルはお湯につけてはいけません。
(10)車は左側通行。道が狭すぎるときには、真ん中を走りなさい。
(11)キモノを着るときは、左側を前にする。
(12)昇給と昇進に関しては、一覧表になった年齢別の規定にしたがうこと。
(13)彼の意見は彼女の意見は私の意見はあなたの意見。はい、賛成でーす。

 ルール看板
(ホミ団地にあった日本語とポルトガル語併記の大きな看板。同団地は愛知県豊田市ホミが丘にあり、およそ八千人が住んでいて、うち二千人がブラジル人だ。)
団地の決まりを守りましょう!
 −許可証なく駐車しないでください。
 −オートバイのスピードの出しすぎはやめましょう。
 −深夜や夜明けに広場を使うのはやめましょう。
 −道路や建物のまわりに缶や瓶を投げ捨てるのはやめましょう。
 −壁その他の施設に落書きするのはやめましょう。
 −アパートでのパーティーや集会では、騒音に気をつけてください。
 −ベランダでのバーベキューはやめましょう。
 −騒音公害に気をつけましょう。
 −テレビやステレオの音は控えめに。
 −大声で話をすると、ご近所の迷惑になります。
 −ゴミは決まったやり方で決まった場所に出しましょう。
 −アパートの窓からゴミや物を投げないでください。
 −特に煙草のポイ投げが多いようです。吸殻を投げないでください。
団地はみんなが楽しく暮らすところです。ご近所の人たちのことも考えて、毎日気持ち良く暮らせるようにしましょう。−−中部住宅供給公団名古屋事務所

 ルール看板の他に、ホミ団地ではチラシが配られ、以下の規則がポルトガル語で説明してある。

毎日の暮らしのための注意
(1) 当公団住宅にはさまざまな人が住んでいて、みなそれぞれ生活のリズムがちがいます。それに日本の文化と習慣は、他の国のそれとはちがいます。全員が公共生活の規則を守り、ご近所の方とのあいだに問題が生じるのを避けるようにしましょう。
(2) ラジオやテレビの音を大きくするのは(特に早朝と深夜には)やめてください。早朝深夜には廊下でも、自分の部屋でも、騒音を立てないようにしましょう。
(3) アパートで猫や犬その他の動物を飼うことはご近所の迷惑になるかもしれないので禁止されています。
(4) ゴミは各戸ごとに仕分けなくてはなりません。ゴミは決まった曜日に決まった場所に出しましょう。前の晩や、その他、規定外の時間に出すのは禁止されています。野良犬やその他の動物がゴミをあさって住民やご近所の迷惑になることがあるからです。
(5) 入居者組合の活動は、毎月住民が組合におさめる活動費によって実行されます。組合の毎月の収入は、催し物やお知らせの印刷、備品購入、冠婚葬祭の告示など、全般の運営費用として使われます。組合費はまた、団地に日々不可欠な諸経費、たとえば廊下や通路やホールや集会室の電熱費、諸設備の維持修繕、空き地の整備、排水、共用水道などにも使われます。組合費の納入が遅れると組合の活動も遅れ、結局は住民自身の不便となります。毎月の入居者組合費は、家賃とおなじくきちんと納めるようにしましょう。
(6) 入居者組合ならびに市からのお知らせは、回覧板で通知されます。お知らせを読んだらただちに、回覧板を次のお宅にまわしてください。
(7) 入居者組合ではときどき共同清掃や草むしりをします。共同清掃は住民の仕事ですので、みなさんのご協力をお願いいたします。またお祭りやその他の親睦の集いもあります。ぜひ参加して、他の住民との交遊を深めるようにしてください。

 ブラジル人には、こうしたルールのすべてにしたがうことは、むずかしかった。大きな音で音楽をかけてはだめ。広場で深夜おしゃべりをしてはいけません。シュラスコ(ブラジル風バーベキュー)はご遠慮ください。単車で走りまわらないこと。おまけにゴミは、決まった日の決まった時間に決まった手順で決まった場所に、非常に細かく仕分けて出さなくてはならない(燃えるもの、缶、瓶、壊れもの、粗大ゴミ)。ブラジル人は回覧板をまわすのを忘れたり、その内容を読まなかったりした。さて、共同清掃の日は毎月いちど、日曜の朝8時半からと決まっている。ご近所の日本人たちが植え込みを刈ったり、道を掃いたり、草をむしったりしているあいだ、ブラジル人たちはベッドで寝返りを打っていた。日曜日の、こんなとんでもない時間に起きだすよりは、罰金を払ったほうがましだったのだ。

 ... そうこうしているうちに、日本人の住民は、もう我慢ならなくなった。ブラジル人はルールを守らない。かれらがいるおかげで、整然とした日々がめちゃめちゃになってしまった。この団地に住んでいるのでなければ、この不満を想像することはむずかしい。ところで、ホミ団地とその周辺を実際に歩いてみると、そこには重苦しい無音がのしかかっていることがわかる。夜勤の人たちが眠っている音、なんとか受け入れられたいと願っている沈黙する多数派の音、必死になってしずかにしようとしている人々の音。子供たちまで、しずかに遊んでいるようだ。これはブラジル人としては可能なかぎりのしずけさだ。これはブラジル人にとっては、最高にルールを守っている状態なのだ。

 

ブラジルのルール

(1) ルールというものはない。
(2) すべてのルールは破ることも回避することもできる。
(3) ダール・ウン・ジェイチーニョ。(何事にも必ず抜け道があるもの。)
(4) パーティーにはいつも赤ん坊や子供を連れてゆくこと。
(5) 男はベランダでビール。女は台所に集まる。
(6) パーティーでおいとまするときには、たっぷり時間をかけて全員にキスをしたり抱きしめたりすること。
(7) 女性どうし。キス二つなら、ただの挨拶。キス三つは、結婚相手の家族に。キス四つは、義母と一緒に暮らすのを避けるため。
(8) 男性どうし。左手は相手の肩に。右手でおなかをぽんぽんと叩く。
(9) 神聖不可侵なものは何もない。ジョークのネタにせよ。
(10)ある状況を巧く利用したからって、別に泥棒だというわけではない。
(11)何をやってもうまくゆかないのだから、何もしないことが最善策かも。

... ブラジル人は、非常に肉体派だ。お互いによくさわりあう。キスし、抱擁する。会 ったらキスし、抱擁し、別れるときにはまたキスし、抱擁する。頬がほんのちょっと、ちょうどいいだけ接触するように他人に顔を近づけるのは、身につけるまでに一苦労する技だ。それはまったく自然で友好的に見えるけれど、この接触にはちゃんとしたルールがあるのだ。ある日本人の男はすっかり興奮して、ある女性の乳房をわしづかみにしてしまった。彼女は鉄パイプをもちだし、もう少しで彼をめった打ちにするところだった。のちに、男はやりすぎだったがどうしようもなかったのだといった。あのおっぱいが、信じられないくらい美しすぎたからだと。

 ... それでもブラジル人は、「抱擁」(アブラッソ)に関して、はっきりした考えをもっている。手紙を書くときには、抱擁を送る。「口づけ」(ベイジョ)を送る。ブラジル人が期待するのは、こうして愛情をしめすのが、心の温かさや気さくさの表現となるということだ。これがなければ、世界とは冷たい場所になってしまう。だから、こうしたキスに面食らってしまう人々は、冷たい人々だということになる。フリオ(冷たい)なのだ。アメリカ人や日本人は、人前で愛情をしめすことがほとんどない。ただの知人にキスをすることは、ちょっとゆきすぎだと思われる。握手だけで十分。それとも、ちょっとお辞儀するとか。それはおそらく冷たい温かいの問題ではない。どうするのが、体に気持ちいいかということなのだろう。ブラジル人はキスする。日本人は、一緒に裸になってお風呂に入る。

 ... 二世/三世にとってのよく知られた心理的外傷のひとつに、両親がお互いに、あるいは子供に、接触による愛情を表現しないということがある。そうした愛情表現の欠落は、ブラジル社会において、あるいはアメリカ社会においてですら、日系の子供たちにはアイデンティティ危機の原因となりうる。「私は両親が私を愛していないのだと思った」と。私の家族の、一方の家系はよそよそしいタイプ、もう一方の家系ははぐはぐべたべたというタイプだったので、私は愛情にはいろいろな表現があるのだということを学ばなくてはならなかった。それでも日本人どうしは握手すらしないということを見ながら育ってきた私は、どうやら日本人は肉体的接触を完全に避けるのだと、思いこんでいたようだ。私の戯曲のひとつを上演するのに日本人の演出家と仕事をしたとき、日本人のキャラクターどうしに彼女が肉体的接触をさせるのを見て、ようやく私はこの考え方を捨てたのだった。発表します。日本人どうしも体に触れあうことがあります。

 ... アブラッソス・エ・ベイジョス(抱擁と口づけ)。それはラテン系の人々のあいだでは、洗練された技法となっている。抱きしめたりキスをしたりするのは規則外のことで、ルールとはすべて私たちをお互いから遠ざけるものばかりだと考えることはたやすい。けれどもまた、抱きしめたりキスをしたりというのもそれ自体でルールなのであり、それをしなければ私たちはお互いから遠ざけられてしまうのだと考えることもできる。そういうわけで、またもや、私はあなたを遠くから抱きしめよう。それはルールを超えた、長距離の/長い抱擁だ。

 

アメリカのルール

(1) 英語を話すこと。
(2) 金持ちがルールを作る。
(3) 公共の場所および飛行機では禁煙。
(4) ともかく、実行。
(5) 疑わしいときには弁護士に相談せよ。
(6) コークを飲もう。リアルなものを楽しもう。
(7) われわれが世界。
(8) わが国が、地球上でもっとも幸福な場所。
(9) アメリカン・エクスプレス、マスターカード、ヴィザを受けつけます。

 ... ずっと以前、日本人旅行者むけのこんな漫画入りパンフレットを見たことがある。外国の勝手のちがう場所で、どんな風にふるまうのが適切かという、いくつかの場面を描いたものだ。握手の仕方から、トイレの座り方(またがるのではなくて)まで、あらゆるテーマがあった。便座に足をかけてまたがるのは、床に作られた日本の便器の構造に関係している。しゃがみこまなくてはならない。ブラジル人は、それを「モトキ−ニャ」(ちびバイク)という愛称で呼んだ。つまり、単車に乗るように、それに「乗る」からだ。現在では日本の公共の場所ではしばしば「洋式」と書かれた便器があり、ホテルや家庭には世界でもっとも凝ったトイレが誇らかに設置されている。

 ... トトという会社が、暖房つきの便座、ビデ、温風乾燥システムをもったトイレを売りだしている。まったく驚くべきものだ。ビデの水の噴出口は、どういう仕組みでか、膣のほうも肛門のほうも洗えるようになっている。そう、きちんと二つの絵の表示があって、どちらかを選べるのだ。友人のお父さんが、自宅にあるそれを見せてくれて、アメリカにはこういうのはないんですか、と聞いた。たぶんありませんね、と私がいうと、彼は冗談半分に、だったらわたしはアメリカには行けないなあ、といった。さらに、この新型トイレにして以来、トイレット・ペイパーはもう使っていないのだそうだ。いずれにせよ、私は日本のいろんな場面での適切なふるまい方を教えてくれる漫画入りパンフレットが必要だという気になってきた。ビデのボタンを押すのはいいけど、出てくる水の温度を上げるにはどうすればいいのか? それよりもっと緊急なのは、この水、どうやって止めればいいの?

 ... また公共の場所のあるところでは、女性用トイレに、じつに妙な設備がある。トイレを流している音の、音響装置だ。はじめて見たとき、日本語の説明が読めないので、私はセンサーの前に何度も手をかざしては、トイレを流しつづけた。ところが奇妙なことに、ただ音が聞こえてくるだけなのだ。水は出ない。音だけ。ついに私は通訳をトイレにひっぱりこみ、説明を求めた。そうか! どうやら日本の女たちには、おしっこの音が苦になるらしい。放尿の音を聞こえなくするために、トイレを流しながらおしっこをする人が多い。これは水の非常なむだづかいだ。そこでトトは、音だけ出る装置を発明したのだ。登録商標です。

 ... おまけに日本のトイレには、もっとも豪華な(大理石のカウンター、イケバナ、香水入りの石鹸などのある)ところでも、ペーパータオルがない。手を拭くには自分のハンカチをもっていなくてはならず、私はいつもそれを忘れる。その結果、トイレには紙屑の心配がない。ことによると、いつかトイレット・ペーパーもなくなるかも。トトならやりかねない。

 ... ブラジルの友人、アナ・マリア・バイアーナが、『アメリカ、AからZまで』という本を書いた。この本は空港で売られていて、ブラジル人にとって度し難い、あるいは笑える、あるいは不可解、あるいは奇怪に思われる、アメリカ生活の種々の習慣や場面のことが、細かく論じられている。「B」の項目に、ビデがある。アメリカ合衆国にはビデがないのだ、と彼女は書く。アナ・マリアはビデをなつかしむが、はたして誰かがブラジルで本当にビデを使っていたかどうか、私は思いだせない。大概の家庭では、ビデには汚れた洗濯物がほうりこまれているのだ。女たちは、パンティーを洗うのに使う。それでも、どこの家にも必ずあるようだ。建材屋が、便器とビデをそろいで売っているからだ。これで一組なんですよ、ええ。

 ... ブラジルでも公共の場所にはビデはない、もちろん。ところによってはトイレット・ペーパーもペーパー・タオルもない。その場合、わずかな金額でこれらを提供してくれる係の女性がいることがある。この女性は便器をこすったり床にモップをかけたりして、トイレの清掃も担当することになっている。あなたが払うお金は、おそらく彼女の食事代。でもときには、このトイレのおばさんに上げる小銭の持ち合わせがないことがある。そんなときにはレディーズ・ルームから走って逃げださなくてはならない。おばさんが後を追ってこないようにと、祈りながら。

 ... アメリカの女性は、はるかな昔に有料トイレを廃止している。これは当時のフェミニズムのなしとげた、大きな仕事だった。事実、あるアジア系アメリカ人女性は、この問題提起によって政治的名声を手に入れたのだ。おしっこは、ただに。だがここにはまだまだ争わなくてはならない余地がある。劇場で女性用トイレの無限につづく行列に加わるたび、たぶんこの劇場を設計したのは男だったのだということを、思い知らされずにはいられないのだから。

 ... アメリカの公共用トイレの特徴は、大量の紙だ。巨大なトイレット・ペーパーのロールのおかげで紙がなくて困ることはないし、やがてはゴミ箱からあふれて外にこぼれ落ちることになる、ふんだんなペーパー・タオルがある。何より重要なのは、アメリカのトイレにはふつう紙のシートがあるということだ。トイレでお隣にいる女性が容器から紙シートをやぶりとり、それを便座にぴしゃぴしゃ押さえつけている音が聞こえる。便座には、どんな気持ち悪いものがついているか、知れたものではないのだ。「浮かせ方式」を採用する女性もいる。つまり、便座にお尻がふれないようにして腰をかがめるのだ。とはいえ、ままよとばかり、すわらずにはいられない人も多い。あるいは便座に足をのせてまたがっている人だって、いないとは断定できない。

 ... こうしたトイレ作法がルールについて教えてくれることは、たぶんさほど多くはない。ローマ人は配管を発明した。配管を修理したことのある人には、ローマ時代から何も変わってはいないといいたくなるはずだ。ヴェルサイユ宮殿にはトイレというものがなかった、という話がある。人はただ、壁沿いのベルベットのカーテンの背後にしばし身を隠したというのだ。鹿児島の磯庭園では、着物をきたガイドが島津侯のすわったトイレを見せてくれる。殿のおなかから排出されたものは、香り高い檜の葉をしきつめた上に落下したという。そこでトイレをのぞきこめば、たしかにいまも、檜の葉が枝ごとしかれている。ルールのうち、あるものは儀礼。そしてあるものは単なる習慣なのだ。

 

サークルKのルール

(1)自分の祖国に移民せよ。
(2)好きな料理は自分で作れるようにする。
(3)つねに、次の問い、を問うこと。

back to contents



ヤマシタのエッセイ: 純粋に日本的

Back to top page

copyright 1997 Karen Tei Yamashita

Contact with Cafe Creole ( counter@cafecreole.net )