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アットホームレスなメッセージボード1998.09


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アットホームレスなメッセージボードの過去の記録を読む。

Tue Sep 1 00:30:45 JST 1998
井村俊義 ( imura@gc4.so-net.ne.jp )
人は自らの体験を混ぜながら、中国(上海)や韓国(ソウル)やメキシコ(オアハカ)などについて熱く語る。その「国家」との出会いがまったくの偶然であったとしても、結果的に故郷や国家に寄せる思いよろしく彼らは愛着を隠したりはしない。その愛着をもって「日本」を語れば、間違いなく「右翼」と呼ばれるだろうこと間違いなしだ! 僕は実体化された国家の名前を借りて話すことには少々ためらいがあるが、かと言って「150年前にアメリカに占領されたメキシコの土地」という言い方にも違和感を覚えるのは、所詮土地は「失われた景観」の堆積でできているに過ぎないと考えているからだ。そのような多層化されたトポスの混淆状況に自然と引かれる人々にとって、生まれた場所や育った場所などの系譜を聞くよりも、「どの国(都市)が好きか」と聞く方がはるかにその人の核心のひとつに迫れる場合が多いのも確かだ。故郷はもはや生まれ故郷のことではない。どこにも均質な空間などなく、要素の関係性のあり方がトポスの性格を決定し、多様に僕らとつながっている。「ふるさとは遠きにありて思ふもの」と室生犀星が言ったのは、場所を表す記号(地名)によってでしか「ふるさと」を実体化することができないことの証だろう。そこ(ふるさと)でどんなストーリーが作られようと、もう僕たちを引き留めておくことはできない。
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Tue Sep 1 19:09:49 JST 1998
Isao Matsuoka ( fwhz9173@mb.infoweb.ne.jp )
ボリビアからの帰途、サンパウロ空港での待機が5時間もあったので、高野潤著『アンデスの抱擁〜海抜4000mの生活誌〜』(平凡社)を読み終わりました。ボリビア旅行を反芻するには、格別の本でした。
帰ってきて、日系移民の歴史が気になり、読まずに長い間、置いたままだった上野英信著『出ニッポン記』(潮出版社)を本箱から取り出し、読みました。炭坑離職者の南米移民の跡を追い、一人一人と会い、その歩みを書き綴ったこの本には胸詰まる思いがしました。
さらに、今、E・ガレアーノ著(大久保光夫訳)『収奪された大地〜ラテンアメリカ五百年〜』(藤原書店)を読み終わりました。執念の書という感じがしました。
購入書籍:榊原政春著『一中尉の東南アジア軍政日記』(草思社)、金子マーティン編『「ジプシー収容所」の記憶〜ロマ民族とホロコースト〜』(岩波書店)、藤田敬一・師岡佑行編『部落史を読む』(阿吽社)、森山大道著『犬の記憶・終章』(朝日新聞社)、舟戸与一著『海燕ホテルブルー』(角川書店)、赤田圭亮著『サバイバル教師術』(時事通信社)
購入雑誌:「論座/98・9」(今福さんの「ヴァーチャル観戦日記として」)、「中央公論/98・9」(網野さんの連載3回目)、「小説すばる/98・9」(舟戸与一さんの連載3回目)、「ちくま/98・9」(今福さんの連載5回目)、「大航海/No11」(特集・オリエンタリズム再考)、「現代思想/98・9」(特集・遺伝子操作)、「思想/98・9」(今福さんの「二声のソロ〜オクタビオ・パス追悼〜」)
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Wed Sep 2 00:19:57 JST 1998
sugita ( tara@sun-inet.or.jp )
ソウルの路上にて。ぼくの友達が彼氏と歩いていた時、一人のホームレスの老人が彼女に流暢な日本語で話しかけてきたことがあったという。彼は、かつての「日帝時代」のことを懐かしそうに振り返り、自分が当時いかに天皇を尊敬しそして今もその気持ちに変わりがないかを熱く語り続けたという。久しぶりに会った日本人に興奮していたのか、単なるリップ・サービスのつもりか、あるいは心からそう思っていたのか。こんな時、日本人として、どんな態度をとればいいんだろう?あなたは荒唐無稽なイデオロギーに支配されていたのです、目を覚ましなさい!とでも諭すべきなのか。あるいは、日本人としてうれしいよ、とでも言ってソジュの一杯でもご馳走すべきなのか。実際の彼女は、この「元日本人」の老人のそんな言葉を耳にして胸が詰まってしまい、何も言えずにその場を離れたという。彼女の恋人は、まさか自分と同じ韓国人がそんな言葉を口にするなんて信じられず大混乱してしまったらしい。/何らかの「物語」によって自分の生を意味付けしないことには人間は生きていけない。この話を聞いたとき、ぼくは、自分が今その中で生きている「物語」を、もう一度じっくり検証してみようと思った。
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Fri Sep 11 04:49:37 JST 1998
Isao Matsuoka ( fwhz9173@mb.infoweb.ne.jp )
ボリビアに出かける前の8月1日に、「高槻祭」というのがあり、「補導」という名目での動員があったので、いやいや出かけました。私はいつも顔だけ出して、生徒とは会わないようにして、行きつけの飲み屋でビールを飲んで、早々と帰ることにしているのですが・・・飲み屋に向かっていると、「松岡君!」という声がかかってきました。
見ると、その声の主は前任校で色々と手をわずらわせてくれた日独「混血」のK君ではないか。元々茶色い髪の毛をさらに茶髪にし、ピアスもし、青い眼を宙に浮かして、5、6人のなつかしい顔たちとともにたむろしていました。(彼らはみんな前任校の生徒で、今は3年生です。)
私は「相変わらずアホしているなー」としか言いようがなかった。続けて出た言葉は「お母さん、元気にしているか?」でした。(お母さんはドイツ人で、20代で結婚をし、その後の15年間、ドイツ国籍を手放さないできた方でした。)K君は「知らんわい!」とのみ返しました。
彼が1年生の時、「2つのアイデンティティ」を見つめるように言い続けたことが、徒労でしかなかったことを見せつけられた一瞬でした。見たくない光景を見た後味の悪さだけ残っています。
事ほど左様に、「クレオール」は理念通りに進行はしないで、ジグザグな展開をするんでしょうね。すみません。つまらないことを書いちゃいました。
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Sat Sep 12 10:08:40 JST 1998
Isao Matsuoka ( fwhz9173@mb.infoweb.ne.jp )
昨日、在日フィリピン人の斉藤ネリーサさんの講演を聞く機会がありました。彼女は17年前に日本人の夫と結婚、中学生の子供があるそうです。
興味を持ち質問したのは、国籍の違う両親に育てられた場合、子供のアイデンティティがどちらの側のそれで形成されるか、あるいは複合するのかということでした。彼女の話のなかで、印象に残ったのは食生活の違いからくる文化摩擦です。結婚されて、姑さんの日本の食生活についての嗜好とのトラブルが大きなカルチャーショックだったとのことです。また、子供が学校に上がるようになって、弁当を持って行かせることになり、大変困ったことになった。午前・午後の2部制のフィリピンの学校生活を経験された彼女には弁当という習慣がない。食事は自宅で温かいものを取るのが普通だった。白いご飯の上に色とりどりに配したおかず、香辛料(フィリピンではニンニクをよく使うようです。)の相違などから、子供に「みんなと同じ弁当を作って欲しい」と言われたとのこと。(この話は中国系日本人の子供のお弁当作りの悩みとしてよく聞きます。)
今では、「お弁当作りの名人」と言われているとのことですが、2つの文化のうち、日本の文化が他の国の文化を駆逐していく日本文化の排斥力の恐ろしさを感じさせられました。さらに、食の他に言語・習慣と行った問題が加わり、複雑な文化葛藤が起こるのでしょう。彼女の場合は意識的にフィリピンの文化を子供に伝えようとされているので、子供は日本文化だけで育つことがないようでした。
やはり、むづかしいのは日本の文化の統合力に敗退する例が多いことであろうと思います。(先日、K君のことを書きましたが、彼の場合、それがコンプレックスとなっているようです。)日本の中における「クレオール」ということがどのように進行していくのか、考えていきたいと思っています。
その時の資料で、在日フィリピン人のためのホームページがあることを知りました。
「PINOY」(この言葉はフィリピン人の意味で、親しみをこめた呼び方だそうです。)
http://infofarm.affrc.go.jp/~goddila/pinoy/PINOYhp.html
先日、ボリビア旅行の関係で日系移民に興味を持ったと書きました。
「サンパウロ新聞」(日本語版)のホームページを見つけました。
http://www.spshimbun.com.br/index0.html
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Sat Sep 12 12:32:00 JST 1998
放浪野郎 ( imura@gc4.so-net.ne.jp )
沼ア(沼津アルプス)は「ヤマケイ(「山と渓谷」)」にも取り上げられたように、「山頂から海の見える山」としては最高だ。伊豆や房総などにもそういう山は多々あるが、富士山と駿河湾を同時に見渡せるという点が他の追随を許さない。それから私は西に向かい、名古屋を通過して紀伊半島の東側を下り、中上健次と佐藤春夫で有名な「新宮」に赴いた。10年ぶりのことだ。着いたのがすでに夜だったから、私はある飲み屋に入ることにした。そこで「佐賀で生まれて三田で就職し、その後神戸で震災に遭い、今は旦那の故郷「新宮」でこうして飲み屋を経営しているのだ」という女性と、カウンター越しに話をしながら地酒を酌み交わした。次の日の朝、私は那智勝浦まで左に海を見ながら歩くことにした。季節はずれの海岸は、何が流れ着いてもおかしくないような気にさせる。結局夕方から電車に乗り込み、地元の高校生の笑い声を聞きながらカルペンティエールの文庫を読み、夜は「関空」という建築物の中で寝た。東京で育った私にとって「大阪」は不思議に魅力的な街だ。着いたその足で「なんば花月」に直行してからの数日間、私はそんな大阪を十分に堪能したのでした。
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Sat Sep 12 20:22:07 JST 1998
sugita ( tara@sun-inet.or.jp )
豊田国際交流協会の日本語教師ボランティアで知り合った女性が、青年海外協力隊でヴェトナムに派遣されることになり、先日その壮行会が開かれた。日本人ボランティアと日本語を学ぶ生徒さんたち(この日は主にペルー人が集まってくれていた)といっしょに飲み食い、そして踊った。恥ずかしがってなかなか踊ろうとしない日本人をペルーの若者たちがフロアにいざなう。ステップを一から教えてくれる。ぎこちなかった足の動きも次第にリズムにのって来る。こうして最後には日本人とペルー人の全てが入り交じってダンスに興じることになった。みんないい汗をかいていた。どっかりとソファーに沈み込んでいた腰をあげて、まず一歩ステップを踏み出すこと。全てはそこから始まるんですね。
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Sun Sep 13 12:33:41 JST 1998
Isao Matsuoka ( fwhz9173@mb.infoweb.ne.jp )
井村さん、大阪に来たはったんですか。連絡くれはったら、新世界からジャンジャン横町、飛田へのルートを案内したのに。残念。
まだ、あそこには芝居小屋があって、懐かしの旅役者が現役でがんばってま。おひねりも飛んでます。飛田の遊郭跡も風情がありまっせ。
西成(釜が崎)もすぐ隣です。今度、大阪に来られるときは連絡ください。
新宮には私も以前行きました。好きな町です。一度、新宮から「熊野道」を歩きたいなと思っています。
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Mon Sep 14 13:54:10 JST 1998
佐藤晶 ( akira416@r.recruit.co.jp )
「混血性」を巡る出版業界有志の勉強会の設立準備中です。 興味のある方はメールをご送信ください。
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Tue Sep 15 22:55:51 JST 1998
原田純宏 ( gmow@archi.ta.chiba-u.ac.jp )
こんにちは僕は現在住民参加の住い・建築・まちづくりのデザインを勉強しています。 ここの皆さんはこのページをみて(http://www.ta.chiba-u.ac.jp/www_endo/index.html) どう思われますか? どこかで共通する部分もあるかも知れませんし、全然関係なく、御批判があるかも知れませんが 是非一度来て、意見をください、よろしく御願いします。 追伸:中田がデビュー戦で2得点しましたね、すごい!!
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Fri Sep 18 11:50:10 JST 1998
非思量 ( imura@gc4.so-net.ne.jp )
所用で「故郷」の八王子に行き、その後、親孝行を兼ねて、金沢や東尋坊や永平寺を車で回ってきました。台風の影響を縫うようにして、「兼六園」では幸いにも陽光に恵まれ、「東尋坊」では強風で荒れ狂う波に出会い、「永平寺」ではしとしとと降る小雨が情趣を添えていました。何度足を運んでも同じ表情を見せない土地土地との出会いによって、私の中では何がどのようにして堆積されているのでしょう。そして、2日間で1200キロの運転を苦にしなくなったのは、ニューメキシコで一日に20時間近く運転していた頃の経験のおかげです。それにしても、荒波とお坊さんと仏像は実にかっこいい。やっぱり、お坊さんになりたい!/「兼六園」が毎日見たくて金沢大学に行こうと真剣に考えていた時期がある。遥か昔のこと。大学(院)の選択は「住みたい場所」で選ぶのがいいのでは。今は、釧路川でカヤックがしたいと思っている。
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Sat Sep 19 00:47:25 JST 1998
K. Miyata ( kazuki@www.ojw.or.jp )
友人のひとりが今、世界一周チケットでひとり旅に出ている。その友人は tabi-saki-nite というホームページをオープンしていて、旅先から随時、更新し続けている。

「突然ですが、旅先です。 1998年、夏から秋へ。さまざまな国を、さまざまな人を、訪ねあるきます。 離れた土地に散らばる点がmaholoの移動によって線になります。 勝手な案内人につきあって、ちょっと息が抜けたときにでも、 一緒になぞってみてください。きっと出会ってうれしい人が たくさんいると思います。」

これまでは口コミで友人・知人くらいにしか、このページの存在を知らせて いなかったみたいだが、旅も折り返し地点をむかえて、 もっと他の人にも知ってもらいたいと思っているようだ。

グローバルスタンダードのなかで激しい国際競争を続けている航空会社の システムにのせられつつ/のりつつのこの友人の旅が、そういった画一化 へと向かうシステムには収まりきらないいくつもの多様な声を 共鳴させていこうとしているプロセスが、この友人を個人的には知らない 人たちにも伝われば・・・と思う。
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Tue Sep 22 02:20:08 JST 1998
toshiyoshi imura ( imura@gc4.so-net.ne.jp )
小学生の時におじさんからもらった木製の机がとうとう壊れてしまった。引っ越しの際に冷蔵庫や洗濯機は買い換えても、この机だけはどこへでも必ず持っていった。だから、僕の引っ越しの数だけこの机は引っ越しをしてきたというわけだ。その前で漢字の書き取りの宿題をし、英語の教科書を声を出して読み、さまざまな文章(ラブレターも?)を書き、食事をし、物思い(妄想)に耽り、 ワープロを打ち、そしてマックの重みに耐えきれず斜めになってしまった。長年慣れ親しんできた机の感触と僕の思考のあいだに、はたしてなにか関係があるのかどうかはわからないが、僕の生活が机を中心に回っていたことだけは確かだ。今こうして、とりあえずあぐらをかきながら書いていると、どこかこれまでとは違った考え方をしているような気もする。部屋の雰囲気や窓から見える景色や机や椅子によって、文章が微妙に変わってくるということも実際にあるだろう。ましてや、旅の途上やフィールドワークをしながら書き付ける自分の文章が、どこまで自分のものであるのかについて振り返るのもおもしろいのではないだろうか。僕の場合に限って言えば、旅先で書かれるいたずらに熱を帯びた文章は、徹夜で作曲したラブソングのように、それだけでは、饒舌に空回りをしているだけの屑に過ぎない。むしろ芭蕉や西行のように「詩」を書くことの方が有効なのかもしれない。行動と思考の一筋縄ではいかない関係については三島が「行動学入門」などで言及しているように、両者を同時にこなすことは至難の業なのだと思う。だからこそ、作家が帰還しそこでもう一度「旅」に出るとき、「机」の上では「身体の移動」と「記述の移動」の幸福な邂逅が行われているに違いない。
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Wed Sep 23 08:05:16 JST 1998
tsuchiya ( enjoy@nagoya-gourmet.ne.jp )
机はともかく椅子だけにはこだわりたいと思って、思い切って上等なソファを買おうと考えている。というのも、本を読むときにできる限り身体を解放し、同時に思考も開放しておきたいからだ。矯正された身体からは、矯正された思考しか生まれえない。読書という「旅」に出るのであれば、質のいいソファさえあればいい。あとは自由な「想像力」があらゆる「境界」を超えたあらたな地平へと導いてくれるだろう。/最近読んだものに、我々には「『想像の共同体』を相対化して疑う『想像力』を手に入れる必要がある」という印象に残る一節がありました。混乱した日常世界から、その時置かれている歴史的状況を展望するには「想像力」が必要であることを述べたのはC.W.ミルズですが、同様に、想像された世界が歴史的に創造されたものであることを認識し、それを乗り超えようとするのに必要なものは、これもまた「想像力」なのでしょう。この新たな「想像の旅」をするには、新天地に移る必要もなければ、ましてや「故郷」という「想像の共同体」に舞い戻る必要もありません。ただソファだけはあってほしい。机とソファ買いに行きましょ(imuraさんへ)。
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Wed Sep 23 12:46:20 JST 1998
TOSHI ( kana@kanso.arigato.com )
朝ワイドショーをぼんやり見ていたら「洗脳」の話ばかりで驚いた。貴之花もTOSHIも「しっかり洗脳」されているらしい。おまえはすでに「洗脳」されている!とみんなで言いながらはしゃいでいる。自分たちはまったく「正常」で「洗脳」には無縁だとした上で、基準線を勝手に引き一部の人間に対して「洗脳」されていると決めつけているような気がする。人は誰でも少しずつ「洗脳」されているのではないか、という疑問は起きないらしい。男女間の恋愛や学問上の師事や芸能人への熱狂や、大きく考えればナショナリズムなど、人間はいつでもある人から見れば「正常」ではないところへ逸脱することができる。環境が非常事態になれば集団はやすやすと「狂気」に陥るし、宗教の開祖(キリストだって日蓮だって)のように特別の才能をもって非常事態を感知し、個人で「狂気」だと決めつけられてしまう人もいる。各々が心の中で「洗脳」だと思うのは勝手だけれど、共通の言葉を模索しようとしないで、この言葉が一人歩きして大きな力を持つようになることに対しては感心できない。それにしても、関取も歌手も孤独な商売なんだなあということだけはよくわかった。
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Sat Sep 26 01:11:13 JST 1998
Araki Yasusada ( imura@gc4.so-net.ne.jp )
「梅田の停車場(ステーション)を下りるや否や」で始まる『行人』を久方ぶりに読み返した。たまたま名古屋に居るのをいいことに、ここ数週間で大阪や和歌山に出掛け、沼津や三島や東京にも赴いた大方の理由は、この作品世界を再訪する為でもあった(いずれも重要な舞台となっている)。主人公(二郎)の兄である一郎の、ツァラトゥストラにも擬せられる知識人特有の「神経衰弱」や、女性の御しがたい本性に翻弄される男性性の逡巡はいうまでもなく漱石自身のそれでもあったろう。しかし作品の最後に及ぶに至って、百丈禅師ら幾人かの禅師の名前とともに「禅宗」が引き合いに出されて語られる場面をすっかり忘れていた私は、自分が禅に興味を持つようになったのは、もしかしてこの作品のせいだったのだろうかなどと思いがけなく考えさせられた。さらに、癇癪持ちで世界を「所有」しようとする性向を持つ一郎に対して親近感をもっていたいつぞやの自分に、私は今となって因果な親近感を感じている。/金沢に赴いた一等大きな理由は「鏡花世界」の「故郷」だからです。/金がないので、沖縄ではほとんど車の中で寝るか、寝ない予定。
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Wed Sep 30 00:46:10 JST 1998
hoax ( imura@gc4.so-net.ne.jp )
広島で10月に開かれる「アメリカ文学会」で、高橋哲哉さんとともに発表されるという名古屋圏の先生3人が、先日名大で前哨戦と称してシンポジウムを開きました。題して「語るもの/語りえぬもの―歴史の記憶と文学」。当日は論点が百花繚乱という感じで(ヘイドン・ホワイトやらギルロイやら)、発言しそびれてしまったのですが、その後ひょんなことから名古屋大学の先生とメールを介して小さなバトルになりました。そこで私は、久々にこの電子機器のすごさに感心してしまいました。資料を引っぱり出しながら呻吟しつつ書く文章の微妙なやりとりは、議論の妙とはまた違った興奮があるというものです(念のために言えば、呻吟しているのは私の方だけなのですが)。結局、どのホームページもメーリングリストも心の底から楽しませてくれるわけではなく、インターネット上の会話を心得た人たちとのメールによるやりとりに最も心をはずませてしまいます。さて、ツッチーと蓑島さんと魚住と浅野くんと杉田さんと石川さんと鈴木さんと・・に返事書くか。
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Wed Sep 30 01:40:04 JST 1998
tumbling dice ( tasano@quartz.ocn.ne.jp )
「ジャケ買い」はレコードを買うときの立派なスタイルである、とぼくは信じている。たしかに音楽そのものとは関係のないところで、レコードの価値を判断するのはおかしいかもしれないし、最近CDなどは(レコードでも)試聴できるようになっているから、音楽を聞いてから買うか買わないかを選択すればよいのだ。しかし、レコードに関していえば、無造作に並べられた円盤の群れから、ジャケットのデザインやカバー写真やタイトル、レコードを手にとったときの感触…、そのどれにも還元できない何かによって、たった1枚のかけがえのないレコードが自分の前に立ち上がる、そんな奇蹟的な瞬間、運命的な出会いが何度もあったことはまぎれもない事実だ。ロックだけを聞いていれば幸せだった高校生のころ、「チカーノ」のチの字も知らなかったぼくはEl Chicanoのアルバムをジャケ買いし、それはどんなにお金がなくなっても売らずに、いまでも大切にしているレコードのうちの一枚だ。あるいは、同じころジャケ買いしたアルバムMyths. Instructionsに収録されているWilliam S. Burroughsの声、その後に読んだビート作家たちの詩が、ぼくの心のなかに幻のアメリカの種子をたしかに植え付けていった。/ところで、本の場合はめったにジャケ買いはしない。本の場合は、漫画以外なら簡単に内容を確認できる、つまり気軽に立ち読みできるからだ。装丁や本の感触や重さ、厚さも書物の価値の重要な側面であるにはちがいないけど、やはり本を買うときは内容をぱらぱらとみてから買うことが多い。しかし、今日は一冊の本をジャケ買いをしてしまった。そのシンプルな装丁、日本地図が左右上下反転している図、左上に書かれてあるboundless being, Morris Hiroshiという文字に魅せられた。この「無境界の人」(小学館)という本は、著者である常打ち賭人、森巣博による「日本人論」批判、非日本人の思想について書かれたエセーである。オーストラリアを拠点にして世界各地の賭場を渡り歩いている著者が、近年のナショナリズム批判やカルチュラルスタディーズなどの理論的成果をみずからのギャンブル哲学と絡ませつつ、「日本人論」をふりかざすナショナリストや評論家、さらに最近流行っている「バックパッカー系旅行本」をバッサバッサと切ってゆく手並は実に痛快だ。しかし、何故にギャンブラーと「ナショナリズム批判やカルチュラルスタディーズなどの理論的成果云々」なのか。それは、あらゆる集団・党派に属することのないギャンブラーという個別性への強い意志、そして放浪の果てで誕生した混血の子供の存在が、ギャンブラーたる著者をして、氾濫するナショナルな言説に対決を挑み、非日本人として生きるスタイルを模索するために、あえて「理論武装」に赴かせたのである。その点で本書は非常に読みごたえがあったし、つまり成功したジャケ買い=ギャンブルにおける勝ちだった。さて、この理論武装によって著者の「日本人論」との対決は連勝につぐ連勝なのだが、どこかにいつかは負けるかもしれないという「凛とした不安」が本書の底を流れているような気もする。本当はこんな「理論武装」なんてどうでもいいのかもしれない。著者にとっては、ギャンブラーとして生きることが全てなのだから。
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Thu Oct 1 03:20:12 JST 1998
toshiyoshi imura ( imura@gc4.so-net.ne.jp )
「ジャケ買い」という言葉にふいに接して、中野サンプラザ(キョンキョンからラモーンズまでのほとんどをここで見た)の向かいにある中古レコード屋を思い出した。中野は、僕の読書体験と音楽体験と人間関係の基盤を形成した特別な街だった(高校を出てからずっと住んでいた)。大量に並べられているレコードを一枚ずつ引っぱり出しながら確認していく作業、それ自体が、街の記憶と一体化している。ツェッペリンは言うまでもなく、ポリスもマイルス・デイビスもエバンスも全部レコードで聞いていた頃、それらを本棚に並べながら少しずつ増えていくのが楽しみだった。毎日のようにジャケットを眺めながら何回も何回も聴いた。お気に入りのジャケットの写真や文字のデザイン、ライナーノートのしゃれた文章、レコードの匂いや手触りなどを無意識に確かめながら、そこから生じるすべての感覚から僕は、「時間と空間とが独特に縺れ合ってひとつになった一回限りの現象」を体感していた。ただの「複製技術」を、僕だけのオリジナルにできる「儀式」を行っていたのだった。「ジャケ買い」という行為は、その「儀式」の重要な部分を占めていることは間違いない。しかし、こうして偶然性(ギャンブル)がもたらす一回性の「時間と空間」を、自分だけの「アウラ」に変換するという体験をあの頃していなかったら、僕は今頃、文章など書いていなかったのではないかと思う。なぜなら、文章は読まれるために書かれるのではなく、その他の創作行為と同じように、自分だけのアウラをもう一度体験するために「自分のために」創造されるものだからだ。
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