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以下が09月03日から10月15日までの意見交換です。

 


Friday, September 03, 1999 at 00:39:06 (JST)
石田英敬 <gm4h-isd@asahi-net.or.jp>
すでにメールで呼びかけましたが、もう一度8月29日のメッセージをここに掲げます。
「6月声明の世話人の皆さん、及び、8.24集会での発言者のうちアドレスの分かる方にご連絡いたします。
すでに昨日発信しました「最終報告(8)」の中でも書きましたが、「総括集会」での発言主旨(あるいはその後の考えのまとめでももちろん結構です)をカフェ・クレオールのボードに簡潔に書き込んでいただくようお願い申し上げます。 私の印象では、カフェクレオールのこのボードは現在までのところ、思ったほど有効に使われてきていないと思います。今のように自由に回顧でき、ある程度まとまった議論ができる余裕の出来た時こそ、このような場所を使いこなす意義があると思えます。 もちろん長大な論文を載せるような場所ではありませんから、簡潔に問題提起や感想を書き込めば、活気ある討議につながっていくと思います。 よろしくお願いします。」
以上が、8月29日のメッセージですが、みなさんどうでしょう。
もちろん集会に参加されなかった方たちの意見も聞きたいです。以上 石田英敬

Friday, September 03, 1999 at 23:50:24 (JST)
鵜飼 哲 <ce00236@srv.cc.hit-u.ac.jp>
8月24日の集会でした発言を要約します。第一に、すべての運動には全員が参加を保証された「公開の討論」と各人の「暗黙の了解」の部分があり、それが運動の呼吸ともいうべきものです。インターネットを駆使した今回の運動の特殊性も、このことを踏まえて論じられるべきだと思います。運動が一段落するまでぼくが何を「暗黙に了解」していたかは言わないことにしていたのですが、今日は少しその内容に触れたいと思います。西谷氏、石田氏とは「同業者」とも言えるので、今回の二人の動きの背後にいくつものモデルが想定されていることを想定していました。特にバタイユ主義者の西谷修が始めた運動は「過剰」であるに決まっているので、細かいことは言わないことに決めていました。それが正しかったかどうかは分かりませんが、すべてを「暗黙の了解」に溶かし込むのでもなくすべてを「公開しなくてはならない」という原則の虜になるのでもない関係のあり方は考えてみる必要があると思います。 第二に、国民主義の問題。「旧来の左翼運動」という言い方がなされていますが、ぼく自身はおそらくその「内部」に身を置いてきた人間です。その立場で言いますが、このカテゴリーで指し示される歴史現象はけっして均質ではありません。「日の丸・君が代」問題にかかわる場合、今日公教育の場で処分攻撃にさらされている教員の多くが国民主義的な左翼組織の中にあり、多くの場合、その思想的前提を受け入れて活動していることを考慮しなくてはなりません。一方、ぼくがかかわってきたようないわば非国民主義的な左翼運動のなかでは、この20年来、周縁化の圧力のなかでいかに国民主義的政治空間に介入するべきか、問題提起や運動的模索が繰り返しなされてきました。その意味では、今回の運動のなかで、とりわけ「国民投票」をめぐってなされた議論には反復的な側面もあります。逆に今回に固有の性格は、「国民投票」という手段、その法的地位、政治的諸効果などについて、はじめて集団的に考える機会になったことだと思います。 第三に、今後の方針について。今回の運動の「新しさ」がひとりよがりな判断にならないため、また、その言葉の「公共性」を検証するため、これまで「日の丸・君が代」問題を闘ってきた「旧来の左翼運動」のメンバーたちと一度対話する機会を持つべきだと思います。その感触を踏まえて、ひとつのありうべき方向としては、「象徴政治学会」(仮称)のような学会を組織することがあるのではないでしょうか(「寄場学会」「女性・戦争・人権」学会などの例があります。)。現在の教育体系全体のなかで大学という場を位置づけ直すことなくしては、この闘いをこれ以上進めることはできないと思います。「新しい」分析のための理論的研鑽の場であるとともに、大学と小・中・高の教員が出会い、生徒・学生と議論する場でもあるような場を作り出すことが是非必要だと思います。このことに限らず、「新しい」民主主義・公共性の発明のための必要条件とは何か、具体的な提案につながる議論を始めるべきでしょう。 そのほか、運動がツリー状になってしまうのはなぜか、署名要請によって開始された運動から匿名性を解放する必要性とアポリアといったことについて有意義な議論がなされ、ぼくも自分の考えを述べました。

Sunday, September 05, 1999 at 00:35:35 (JST)
石田英敬 <gm4h-isd@asahi-net.or.jp>
フランスの日刊紙「Liberation リベラシオン」の9月3日付 F.Amaoua特派員の報告で、Japon: les signes d'un reveil nationaliste: Film et BD revisonnistes, retour du drapeau... les pacifistes sont inquiets と題して関連記事が出ています。
http://www.liberation.com/quotidien/semaine/990903venl.html 
外務省高官が匿名で「国歌の法制化は重大な誤り」と記者に語ったなどという”興味深い”事実も報告されています。(以上 石田)

Monday, September 06, 1999 at 01:55:11 (JST)
石田英敬 <gm4h-isd@asahi-net.or.jp>
このあいだの総括集会での鵜飼さんの見事に「玄人」的な分析は、じつに示唆に富むもので、私たちの二カ月たらずの運動が、運動史のなかにはじめて「位置づけられる」感覚を持ったことを告白しておきます。上に彼が書き込んだ提案のうちの幾つかはぜひとも実現したいものです。
さて、他の皆さんの書き込みを待ちつつ、少しうるさく思われてしまうかもしれないのですが、私の書き込みを続けさせていただきます。以下は、8.24 集会での発言だけではなく、それをふまえての所感の一つです。
  「六月声明」運動の残した大きな問題点の二つは、集会でも活発に議論された、1) 「組織論」問題と2)「国民投票」問題ですが(そして、その両者が一挙に顕在化したのが「国民投票」をめぐる7月半ばの「メイル戦争」期ですが)、今回は前項についてのみ感想を述べさせてもらいます。
1)<インターネットを使った運動の功罪について>
今回の共同声明署名の運動の途上で起こった様々な混乱については、まず端的にインターネットに関する技術的未熟さに負うところが大きかったということはまちがいないし、そのような無謀な企てに乗り出してしまったことについては結果的に責任を感じてもいます。例えば、一般企業がもっている程度のインフラがあれば多くの困難は避けられたでしょうし、研究室レベルとしても、もっとまともなコンピテンスを備えた環境はざらにあっただろうと思います。そうした点については、皆さんにお詫びするしかないだろうと思います。それらすべての限界を差し引いたときに、何が残るか、というところが、インターネットを使った共同声明運動にとっての固有の問題なのだろうと思います。しかし、「インターネットを使った共同声明署名」として運動を起こしたわけではなく、結果的にそのような運動となっていったというのが実状です(ファクス署名者もかなりの数にのぼります)。
ただ、結果的に、インターネットを通して情報がやりとりされることによって、従来の<手書きで署名する>ことを基本とする、「共同声明」とか「署名運動」の前提を、知らず知らずに踏み越して(はずして?)しまった。それによって未知の領域に踏み込んでしまったという側面もある。
従来の署名運動や共同声明が、「署名を集めて集約し手渡す」という一連の行為や、「共同声明をメディアに公表する」行為によって完結した活動であったとすれば、今回は、共時的なメディア・ネットワークを共有するような運動環境が成立することによって、「共同声明」や「共同署名」がいままでとは違った成立条件を持つことになった。それは、端的にいえば、「署名行為はどの時点で遂行されたことになるのか」、「共同署名はいつ行為として完結するのか」という問いが、<自明ではなくなる>ということだったのではないかと思います。
そして、その問題が、「共同声明」を踏まえて、何人かの世話人たちが、その「署名」の「力」を、政治に「現実化」しようとしたときに生まれた意見の不一致を契機に一挙に顕在化したのではないのか。これは、私がいま、あくまでも<事後的>に、もっている感想です。
 もちろん、このことは、インターネットによる「共同署名」はどのような経路を経て「力」になりうるのか?そのとき、共同声明の起草者や世話人は政治的現実とのどのような「交渉能力」を持つのか?、持たないのか?、持つとすれば、そのとき、どのようなdeontologyを求められるのか?など一連の問題を含むもので、私たち世話人や起草者たちが今回それらの問題に十分に自覚的に行動しえたかについては、正直にいえば、NOという以外ないと思っています。ただし、私たちを批判された方々は、これが「代表性」の問題だと考えられていたかもしれませんが、「代表性」が介在するとしてもその成立条件がまったく変わってしまっている、というところを本質的な問題の所在として押さえないと、せっかくの(部分的な)失敗の教訓が育たないと思います
 もう少し具体的に、今回の経験を踏まえて、今の時点で考え得る範囲内で、インターネットを使った共同声明運動の、今後の<見通し>を書くとすると、方向性としては、二つの行き方があるだろうと思います。
1) ひとつは、「共同署名運動」にとってインターネットはあくまで「外的な手段」であるとして、従来の「共同署名運動」の性格を変えないということを意識的に貫く方向。署名を取り付ける速度と能力規模、情報フィードバック能力を、手段として活用することに徹する、というやり方です。その場合には、今回のように、実働部隊と署名者との間に、「代表性」の問題や「責任」問題が不規則に生まれないように、例えば、「共同声明署名」の運動と、政治的現実化の実働部隊としての「行動委員会」とを分けて独立させる。極端にいえば、「共同声明」は「署名」してしまえば、それでおしまい。実際の運動は「行動委員会」で行う。というやり方です。これは、従来の政治勢力がやってきた署名運動とそう変わりはない、と思います。しかし、やや戯画的な比喩を使いますが、携帯電話を片手に署名者に対して実況中継をしながらバリケードを築く、などということは出来ないわけですから、これもひとつのやり方ではあると思います。
2) あるいは、「インターネットにおける共同署名運動の成立条件の変質」をもっと積極的に評価し、いわば「実況中継」と「情報のフィードバック」の可能性の増大によって運動の発言力を<生かしつづけて>いく方向を取るというやり方(この場合「署名行為」は日々刻々と更新されていくことになる)。このためには、今回私たちが極めて不十分なかたちでしたもつことが出来なかった、情報ネットワーク環境を一挙に立ち上げられる、技術的・組織的なインフラが必要となるでしょう。その場合、インターネットを通じて「端末市民」が政治に「参加」する、<ヴァーチャル政治>のようなもの立ち上がってくることになると思いますが、そのとき、署名運動や共同声明は、「消費者」化したり、ある種の「一株運動」のような、巨大なdelegationの集団にならないかという不安もあります。また「行動する人間」とはそのとき誰なのか、「メディア政治家」や「メディア的知識人・文化人」とかになってしまうのか。これは、すでに視聴者参加型テレビ討論(日本のテレビには皆無)などに見られるように、「テレビ国家」(ドブレ)ですでに見うけられる現象ですが、そのような方向へと、共同声明や署名による「政治参加」も進んでいくことになる可能性は非常に高いと言えます。
私たちが、少なからぬ批判を浴びたのは、1) の「代表性」のdeontologyにおいて条件を満たさなかったという批判なのか、2)の「ヴァーチャル政治」のプロセスをうまくやり遂げなかったという批判なのか、それとも以上の立論は、そもそもrelevantではないのか。どうなのでしょう。
最後に、今回の運動は、メディアとしては、おもに「Eメイル」による運動でした。そして、すでにしばしば指摘されていることですが、「メイル」は断続的な書記行為であり、時間の「停止」の契機が介入しすることによって、コミュニケーションにおける「断定」や「断言的判断」を強めがちです。対面的な「会話」の連続的なことばの交替であれば言わないこと、時間が先取りされた「手紙」であれば書かないことを、メイルでは書いてしまう。読みとりの速度とあいまって、「誤読」や「見落とし」も多い。カット・アンド・ペーストによって「脱コンテクスト化」も頻繁に行われる。このような言葉の交換の環境は、つねにaggressiveな欲動を統御しきれない人々を野放しにする傾向があるという苦い印象を持ったのは私一人ではなかったと思います。
かなり長くなってしまいましたが、この論点に関して以上です。(石田)

Tuesday, September 14, 1999 at 01:28:57 (JST)
編集者より
出版の経緯と刊行のお知らせ


 8/24「総括集会」で報告した、自主出版断念に到る経緯とその後の顛末を簡単に書き込んでおきます。
 まず、 今回の本は、岩波書店から「岩波ブックレット」の一巻として、9月20日に発行されることになりました。
 書名は『「日の丸・君が代」を超えて』、A5判64頁で本体価格440円です。  石田英敬、鵜飼哲、坂元ひろ子、西谷修氏(五十音順)の方々に編者をお願いし、 阿満利麿、石田英敬、鵜飼哲、宇野邦一、岡真理、小森陽一、子安宣邦、坂元ひろ子、田仲康博、西谷修、港千尋、本橋哲也、山口二郎、米山リサ、四方田犬彦(五十音順)の各氏に執筆していただいています。


 当初、我々は、「日の丸・君が代」の法制化に反対する出版物の刊行を考え、それを〈六月声明〉の自主出版というかたちで進めていましたが、発行時期に関して、交渉した出版社との間で、合意が得られませんでした。その後、新たな出版社や発売ルートなど、頒布方法について模索しましたが、短期間に見通しを立てることができませんでした。その結果、出版への展望が見えない状況の中で運動体の自主出版物という形態を維持することが困難になり、結局7/20に〈六月声明〉は出版を断念、醵金活動も中止されることになりました。しかし、我々としては、すでにご執筆いただいていた原稿を是非刊行したいと考え、出版社との交渉を続けた結果、最終的に岩波書店の承諾が得られ、上記のようなかたちで発行されることになったものです。
 自主出版中止の連絡の後、何人かの署名者の方々から、出版について好意的なお申し出をいただきました。この場を借りてお礼申し上げます。
 なお、私たちはそれぞれ出版社に所属していますが、この企画に関しては、個人として参加したことを書き添えておきます。


尾方邦雄(みすず書房)、勝股光政(以文社)、小島潔(岩波書店)、関正則(平凡社)、丸山哲郎(インスクリプト)、宮田仁(青土社)、守田省吾(みすず書房)(五十音順)


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